私たち人間は、様々な色に囲まれて生活していますが、殆ど無意識の中で、各種の色感覚効果・色知覚効果を受けた色の認識をしています(「色のトリック(日常生活編)」、「対比効果編」、「同化効果編」)。 私たちは、視覚を通して得られたこれらの色感覚や色知覚の情報を脳の中で認識理解する訳ですが、脳内では色情報単独で処理される訳ではなく、脳内に蓄積された種々雑多な各種関連情報と照合されながら認識理解されていくと考えられ、その結果、それらの色から様々な心理的影響を受け、各種の「色感情効果」へ展開波及していきます。
色感情効果は、外界から得た視覚情報が大脳の中で展開・処理されて生じてくるもので、視覚を通して得られた色情報から、様々な感情へ広がっていくものと考えられます。
この色感情効果は、大きく分けて知覚感情と情緒感情に分けて考えられます(「色のトリック(日常生活編)」)。知覚感情(固有感情とも言います)は、人種・性別・年齢を問わず、人間である限り誰もが共通的に感じる感情です。例えば、赤や橙色を見れば「温かい」とか「活発な」というような印象を受けますし、青や青紫を見れば「冷たい」とか「冷静な」というような印象を受けます。この場合、赤や青に見える物体自体の物理的な「温度」は同じであっても、心理的な「温度感」は異なって受け取られます。
このような寒暖感(寒色・暖色)を初めとして、更に、進出・後退感、膨張・収縮感、軽重感、柔硬感などの感情効果が挙げられます。
一方、情緒感情(表現感情とも言います)は、同じ色に対しても、各個人の人生の中での体験、記憶、知識などによって感じ方に大きな差異が出てくる感情効果を指します。単独の色から受ける感情、複数の色の組み合わせから受ける感情、更にはその色からの印象によって連想する様々な事物や事象、また、色の好き嫌いなど、個人によって大きく異なることがあるのはよく体験するところです。
私たちは「色」から様々な感情効果を受けており、それらの組み合わせの中で日常活動を続けている、と言ってもよいのではないでしょうか。
① 色彩の温度感 ・・・・・ 「暖色」 と 「寒色」
誰しもが最も身近なものとして、「暖色」と「寒色」があります。例えば、真っ赤に燃え盛る焚火を見ると、「熱い」、あるいは、「温かい」という感じを受けます。また、例えば、山奥の青く澄み切った湖面を見れば清涼感を覚えます。確かに、物理的温度は湖水に対して炎の方がはるかに高いのですが、しかし、焚火や湖のカラー写真を見ても、写真の物理的温度は同じにもかかわらず、炎は熱そうに、湖面は涼しそうに感じます。
何故このような感じ方をするのか、先ず考えられるのは、私たちが日常体験を通して脳内に蓄積されてきた情報が無意識のうちに参照され色から温度感を連想しているのではないかということですが、これは一個人の体験の蓄積というよりは、人類の長い歴史の中で先祖代々の体験・蓄積が受け継がれて人類共通の特性として形成された色感情効果になっていると言えるのではないでしょうか。 ≪※1≫
このように、赤〜黄赤(オレンジ色)系の色を中心に熱くあるいは暖かく感じ、青〜青紫系の色を中心に寒くあるいは涼しく感じます。マンセル表色系の色相環で説明すると分かり易いと思いますが、R〜YRを中心に暖色系、B〜PBを中心に寒色系ということになります。色相環の暖色系と寒色系の中間に位置する、紫(P)や緑(G)系統の色は、寒暖感はあまり感じられないので、「中性色」と呼ばれます≪※2≫。暖色、寒色と中性色の境界は明確に存在する訳ではなく、色相の変化とともに徐々に移り変わっていきます。
このように、寒暖感には「色相」が最も大きな影響を及ぼすのですが、更に、暖色や寒色の「彩度」が高い程その効果は強くなります。
分光的に見れば、暖色系は可視域長波長成分が支配的であり、寒色系は可視域短波長成分が支配的になっています。中性色は、可視域内での長波長成分と短波長成分が概ね拮抗してバランスがとれています。暖色は文字通り「暖かい」という心理効果が根底をなすのですが、それから更に、積極的、能動的、活動的、興奮感、といった感情効果に発展して行きます、一方寒色は「寒い」という心理効果を基に、涼しい、消極的、鎮静(沈静)的、といった感情効果に発展していきます。
人間の五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)の内、「暖かい」とか「寒い」という感覚は、本来は触覚(皮膚感覚)によるものなのですが、「暖色」や「寒色」といった感情効果は視覚を通じて「色」から寒暖感を感じている訳です。このように、本来の感覚系統とは異なる経路での感覚反応を引き起こす現象を「共感覚」と言います。暖色・寒色の他に、女性の甲高い声を「黄色い声」言うことがありますが、これは聴覚を通して黄色(視覚)を連想するものです。あるいは、料理の色(視覚)を通して食欲(味覚)を掻き立てられることや、後述のように色(視覚)から硬軟感(触覚)を感じることも共感覚と言えます。
② 色の膨張・収縮感、進出・後退感
上記のように、暖色・寒色という感情効果は、色から受ける様々な心理的感覚の最も基底をなす感情効果とも言え、温度感以外の感情効果にも深く関係しています。
物理的に全く同じ距離にある同一形状・面積の色であっても、明るく彩度が高い暖色系の色は実際よりやや大きく(膨張して)また手前に迫ってくるように(進出して)見え、暗くて彩度が低い寒色系の色は実際よりやや小さく(収縮して)遠めに引っ込んだように(後退して)見えます。
この効果を考慮したものに、囲碁の碁石があります。囲碁は碁盤の上に白と黒の碁石が隣接して置かれますが、白は膨張色、黒は収縮色ですので、白と黒の碁石の大きさが全く同じであれば、白の碁石の方が心理的に若干大きめに見えてしまいます。従って、殆どの碁石は、白い碁石の方をほんの少しですが小さめに作ってあり、こうすることによって、碁盤上に並んだ状態では白と黒が心理的に同じ大きさに見えるように工夫されているのです。≪※3≫
色の収縮感を利用したプロダクトデザインとして、一眼レフカメラがあります。レンズ交換できない所謂コンパクトカメラと称されるカメラでは、様々な外装色の製品が販売されていますが、一眼レフカメラは、殆どが黒を中心にした低明度低彩度の外装色になっています。一眼レフカメラは、望遠レンズから広角レンズまで様々な種類のレンズを交換装着できるカメラですので、どうしても構造上大きく重くなってしまいがちです。またカメラは代表的な精密機器でもあり、精密感・精巧感をデザイン的にも表現したいという要求があります。このような事情から、一眼レフカメラは、黒を代表とする、凝縮感を伴って精密・精巧感、コンパクト感を醸し出す収縮色でデザインされることが多い訳です。
③ 色の興奮感、鎮静(沈静)感
色の寒暖感は更に心理的な興奮感・沈静(鎮静)感にも波及していきます。暖色系の高彩度の色は、心を高ぶらせる(興奮させる)心理効果があり、楽しく、食欲も増進する傾向があります。一方、寒色系のやや低彩度の色は、心が落ち着き(鎮静感)、あるいは更に心が沈む(沈静感)効果を引き出します。勿論、その人の視界に入る周囲の色の占める面積が大きいほどその心理効果は大きくなります。
例えば、中華料理店の回転卓などは朱色が多いのは、その上に並んだ食材が更に美味しそうに見える効果を狙っていると言えます。食卓が寒色系の薄青色だとしたら、会話もあまり弾まず、食欲も湧いて来にくいと思われます。
また、色の寒暖感は時間感覚にも影響を及ぼします。例えば、室内の壁・天井・床面などの色が暖色系であった場合と寒色系であった場合を比較しますと、物理的に同一時間その部屋に居たとしても、暖色系の場合の方が、心理的に興奮感が助長される結果、一般的には時間経過が速く感じられます。≪※4≫
④ 色の軽・重感、硬・軟感
下の写真は南海電鉄の特急「ラピート」の車両(左)と一般の急行電車の車両(中)です。
おそらく、実際の重量はそれほど大きな差は無いと思われますが、ラピートの濃紺の車両の方が圧倒的に重厚感がありますね。
昔の蒸気機関車(SL 右)は真っ黒でした。これは機関車から排出される煙の「すす」による車体の汚れを目立たなくするための塗装であった訳ですが、蒸気を吐き出しながら懸命に走る重厚感は独特で格別のものがあり、今だに鉄道ファンの憧れであり続けている大きな要素であると言えます。
「ラピート」や蒸気機関車は重厚感と同時に「硬さ」も感じられますが、右のベビー服のような比較的明度が高めで中間彩度の色は「軟らかく」また「軽く」感じます。
こんなベビー服を着た赤ちゃんは、思わず抱き上げて頬ずりしたくなりますね。
私たちの身の周りで、色の軽重感に配慮したものとして、宅配業者の梱包用段ボール箱の色が挙げられます。黒や紺などの低明度の梱包箱は滅多に見かけず、殆どが白や薄茶色系統の色になっています。
これは、物理的重量が同じであっても白や薄茶色の方が、見た目が軽く感じられるからです。
宅配担当者は一日中重い荷物を運搬配達する訳ですから、特に夕方遅くなってくると、疲れもあって重い荷物は心理的にも負担を感じてしまうため、できるだけ重量感を心理的に軽減するための配慮です。
絵画や写真などの構図においても色の軽重感は表現意図に深く関係してきます。
右の配色例のように、上部に高明度、下部に低明度の色を配置すると、開放感のある安定した印象を与える構図になりますが、明暗の配置がその逆になれば、圧迫感のある重苦しい印象を与えることになります。
ただ、これは良し悪しの問題ではなく、その作品によって何を訴えかけたいかによって明暗の配置を使い分けるべきであることの一例です。
例えば、宗教画の場合などで、上部が暗く下部が明るめに配色されて、神秘的で厳かな雰囲気が醸し出されているものもあります。
色の情緒感情(表現感情)と連想
以上、万人共通の色から受ける感情効果である各種知覚感情を具体的に説明してきました。個人によって大きく異なる感情効果である情緒感情(表現感情)については、或る単色の色から受ける感情(単色感情)、複数種の色の組み合わせから受ける感情(配色感情)、更に、或る色からの連想、意図の嗜好(好き嫌い)などの切り口で考えることができます。これらの情緒感情は、その個人個人の体験、記憶、知識、年齢、性別、生活環境、性格、教養、等々の多様な要素や、その色を見た時のタイミングやその時の心理状態によっても大きく変動するものです。
色の連想については、大きく分けて2通り考えられます。具体的な事物を連想する場合(例えば、白い色を見て雪を連想したり、青い色を見て晴天を連想するような場合)と、抽象的な事象を連想する場合(例えば、緑色を見て安全を連想したり、黄色を見て注意・警告と受け取るような場合)です。幼児から小学生辺りの年齢では、色からの連想対象は具体的な事物であることが多いのですが、年齢を重ねるとともに抽象的な概念を連想する割合が増えていくのが一般的です。
こういった「色からの抽象的な概念の連想」の内容は一般的には個人個人によって様々なのですが、中には例えば、「赤」からの連想として、情熱、興奮、危険など、「緑」からの連想として、自然、休養、安全など、個人の枠を越えてある程度の社会的共通性が認められるものもあります。
このようなものにおいては、その色が特定の事を意味する「色の象徴」として位置付けられ、社会全般に広く受け入れられ、活用されているものがあります。
例えば交通信号の、赤は止まれ(危険)、黄は注意、青(青緑)は進行可(安全)、という決まりは社会全般に抵抗感無く広く受け入れられているのは周知の通りです。
例えば、焚火やローソクの赤っぽい炎の温度(数百〜千数百℃程度)に対して、ガスバーナーの青っぽい炎は、もっと高温(千数百〜1800℃程度)ですが、ガスバーナーの炎を眼で見たときの温度感は「熱い」という感じはあまりしません。人類の長い長い歴史の中では、ずーっと炎と言うのは身近には焚火やローソクなどしか無く、ガスバーナーなどの近代的な炎(熱源)が出現したのはつい最近でしかありません。
従って、炎 ⇒ 赤っぽい ⇒ 熱い という体験・連想パターンが(個人としてではなく)人類全体として共通の色彩感情パターンとして形成・定着したものと考えてよいのではないかと思います。
「中性色」は、本文中での説明の通り、暖色でも寒色でもない、温度感をあまり感じない色相を指す用語ですが、時々これと間違って使われることがある用語に「中間色」があります。「中間色」は、彩度に着目したもので、高彩度でも低彩度でもない中間的な彩度の色が「中間色」です。
筆者の手元にある碁石の直径は、白:21.9mm、黒:22.2mmでした。
有名なスペインの闘牛では闘牛士が牛に向かって真っ赤な布(ムレータ)を目の前でヒラヒラさせながら牛と闘います。牛はこの赤い布によって興奮して闘牛士に突っかかっていく、と思っている人も多いのではないでしょうか。
ところが牛の色覚は人間のような三色覚ではなく二色覚であるため、人間が区別できる赤と緑の区別がつかないはずなのです。
牛は、布の赤い色に興奮しているのではなく、闘牛士が目の前で布を鬱陶しくヒラヒラさせながら、棒や槍で突っつきまわすことに興奮していると考えられます。
では、何故赤の布を使うのか?というと、それは、闘牛士自身が精神高揚するため、また、闘牛を見ている観客をより興奮させるため、ということなのです。