コラム

光と色の話

「色」に対する「視覚」特性の要素
・・・・・ 標準観測者 ・・・・・

「視覚」すなわち、「色の感じ方」には実際には微妙な個人差があることがよく知られています。
つまり、「視覚」特性の違いによっても物体の色は異なって認識されることになります。
今回は、物体色の三要素の内の「視覚」の要素についてもう少し詳しい話をしましょう。



「色感覚」 と 「色知覚」

「色の感じ方」については、ヒトの眼や脳の活動による主観的な心理応答に基くものですから、光や物体の特性のように客観的・定量的に取り扱うのは至難なことです。現実問題、ある色とある色が区別できるか(同じ色に見えるか異なる色に見えるか)、ということはどの人に対しても実験的に確認することはできますが、他人が見ている「色」が実際にどのように見えているかを正確に確認することはできません。

しかし、単純な物理刺激に限定すれば、その刺激の強さと視覚による心理応答との間には定量的な関係が比較的つけ易く、これを心理物理量と呼んでいます。心理物理量とは、外界からの光(物理量)が視覚機能の入り口の部分に与える心理効果量とも言えるもので、この段階を色彩学では「色感覚効果」の領域として扱っています。これに対して、私たちの「視覚」は、色対比現象や色同化現象、色順応効果など、空間的・時間的に隣接する複数以上の色同士の間で生じる興味深い色の見え方の例が数多く知られています。これらは「色感覚」の情報が脳で処理された結果として認識される生理的・心理的現象で、「視覚」の後段部分として位置付けられ、これを色彩学では「色知覚効果」と呼んでいます。「色知覚効果」は、更に脳内で発展し、様々な色彩の「色感情効果」を呼び起こしていきます。≪※1≫

「色知覚効果」や「色感情効果」は、色彩生理学ないしは色彩心理学の領域として扱われ、我々の日常生活においてよく体験する上記のような現象・効果が数多く知られていますが、ここでは視覚の入口の「色感覚」の段階までに限って話を進めることにします。



視覚の個人差と「標準観測者」

物体色の三要素の内、照明光および物体については、物理的に厳密に表記することが可能です。 眼に入射してくる光(眼に入射する直前の光)の分光特性は、照明光の分光分布 P ( λ ) 、物体の分光反射率(分光透過率) ρ ( λ ) の両者の積 P ( λ ) ・ ρ ( λ ) として厳密に表記できます。しかし、「視覚」については、万人が同じ特性であるとは言えず、厳密には個人個人によって微妙に異なっています。つまり、同じ観察条件の下で同じ物を見たとしても、―――同じ P ( λ ) ・ ρ ( λ ) の光が眼に入射したとしても―――人によって明るさや色の見え方は微妙に異なっている、と考えられます。


一般に明るさや色を論じる場合は、客観的・定量的に評価・検討するために、多くの場合は視覚の個人差の要素を除外して代表的特性に固定して考えます(個人差そのものを問題にする場合は別です)。
そのために、ヒトの平均的な視覚特性を一義的に取り決めて、全世界共通の規格としています。これを標準観測者(または標準観察者)Standard observerと呼んでいます。この内、「明るさ」の評価に用いられるのが「測光標準観測者」で、「色」の評価について用いられるのが「測色標準観測者」です≪※2≫

また、「測色標準観測者」は、等色関数というもので定義されています。等色関数は、3種の錐体(L、M、S)の波長感度特性をヒトの代表的特性に規格化したものと解釈されます。 
ただし、は実際には、L、M、S錐体の波長感度特性そのものではなく、角膜や水晶体などの光学的特性も含め、更に実用的な使い易さを考慮して数学的処理を施したものが使用されています≪※3≫



等色関数と標準分光視感効率 V ( λ ) の関係

3種の等色関数の内のは、実際には「標準分光視感効率 V ( λ ) 」と全く同じ特性に規定されています。

これについては、明るさや色に関する研究の歴史的経緯を知れば理解し易いかと思います。歴史的には、まずヒトが感じる「明るさ」に対する研究の結果から、標準分光視感効率 V ( λ ) が規定されました(1924年)。
「色」に関する研究は、「明るさ」に対する研究の後を追う形で進められました。「色」は心理的三属性と呼ばれる、「色相」、「彩度」、「明度」の組合せとして理解されることはご存知でしょう。この内の「明度」が「明るさ」に相当する訳です。つまり、「明るさ」は1次元の現象ですが、「色」は三次元の現象として理解される訳で、システムとしては「色」の方が「明るさ」よりもより複雑であるとも言え、学問的に後追いで発展したと言えます。色を評価するとき、「明度」の評価として、「明るさ」の評価手段として既に確立されていた標準分光視感効率 V ( λ ) の特性を色の評価システムに採り入れることは、ごく自然な成り行きであったと言えます。
こうして V ( λ ) の特性がそのままの特性として採用された訳です。(1931年)



明所視、薄明視、暗所視 ・・・・・ 錐体と杆体の機能

以上の議論は、簡単のために、視細胞の感度特性が変化しないという暗黙の前提で話を進めてきましたが、実際の私達の視細胞は周囲の光環境状態の変化に応じて生理的に特性が変化し、周囲の光環境の変化にうまく対応するようになっています。 その一例として、「明るさ」に対する人間の眼の特性変化についてお話しましょう。

私達の眼の網膜には杆体と錐体が多数分布していますが、これらの視細胞は周囲の明るさに応じて相互補完的に働いています。明るい場所では杆体は殆ど機能せず、錐体が活発に機能し、明るさも色も認識できます。杆体の光に対する感度は錐体より高い≪※4≫ので錐体よりも暗いところまで認識できるのですが、明るさの変化に対しての時間応答性は非常に鈍いという特徴があります。また、杆体は1種類しかありませんので、「色」を判別することはできず、「明るさ」しか認識できません。

測光標準観測者には、明るいところでの
特性(明所視 photopic vision)を示す明所視標準分光視感効率 V ( λ ) の 他に、暗いところでの特性 (暗所視 scotopic vision)を示す暗所視標準分光視感効率 V ’ ( λ ) が規定されています。
明所視の特性を表わす V ( λ ) は、明所で機能する3種の錐体(L、M、S)の特性を合成したものと解釈されます。
一方、暗所視の特性を表わす V ’ ( λ ) は、暗所で機能する杆体の特性を表わすものと解釈されます。≪※5≫

私達の日常体験で説明しますと、明るい場所から急に暗い場所へ移動した(例えば映画館などに入った)時、その直後は「真っ暗」に感じて殆ど周囲が見えませんが、数分〜十数分経つと徐々に眼が慣れてきて、うっすらと周囲の状況がわかるようになってくることを経験した人も多いと思います。しかし、この時、「色」ははっきりとはわかりません。これは、暗い場所への移動直後は、錐体の感度が足らないため殆ど光を感じなくなり、また杆体もまだ本格稼動しないため、結局脳は「真っ暗」と認識してしまう訳です。暗い中で時間が経過して、徐々に杆体が本格稼動してくると、錐体では感じることができない光に対しても杆体は感じることができるようになり、所謂「眼が慣れた」状態になって周囲がうっすらと見えるようになってくる訳です。ただし、杆体は1種しかありませんので「色」までは分かりません。この状態を「暗所視」と呼んでいます。≪※6≫

暗所視に対して、充分明るいところ、即ち、錐体が活発に機能する状態を「明所視」と呼んでいます。明所視の領域では、杆体には明る過ぎて機能しません。

暗所視と明所視の中間段階の明るさでは、杆体と錐体が混在して働いています。中間段階の明るさのレベルに応じて、両者の活性度の比率が連続的に変化していきますが、この中間段階の明るさを
薄明視 mesopic vision」と呼んでいます。

暗所(映画館など)から明所へ移ると、その瞬間は非常に眩しく感じますが、じきに目が慣れて普通の状態になりますね。これは、明所に移動すると、それまで高感度で働いていた杆体の出力が明るい光のために飽和してしまうため一瞬眩しく感じた後、(明る過ぎるために杆体は機能しなくなり)応答速度の速い錐体がすぐに働くようになって通常の見え方になる、と言う訳です。



≪※1≫色情報の心理的効果の伝達過程

通常の日常会話では、「感覚」という言葉と、「知覚」という言葉は、明確に区別して使われず、殆ど同じ様な使われ方をしています。しかし、色彩学では、「感覚」と「知覚」の定義は明確に区別されます。
眼が外界からの(光による)物理的刺激を受けて「色」を認識し、さらに様々な心理的感情へと発展していく過程は、下図のように考えられています。

≪※2≫

標準観測者」は国際照明委員会(CIE)で規定されているころから、正式には「CIE測光標準観測者CIE standard photometric observer」、「CIE測色標準観測者CIE standard colorimetric observer」と呼ばれます。

≪※3≫

元々等色関数は、赤(R)、緑(G)、青(B)の単色光による等色実験から導き出されたもので、これによって構築された最も原理的な表色系がRGB表色系と言われるものです。しかしこのRGB表色系は、等色関数がマイナスになる波長領域があり、実用上使用しにくい面があることもあり、数学的座標変換処理を施すことによって運用上の問題を軽減したものがXYZ表色系です。このXYZ表色系に対応する等色関数がです。その結果、の特性は、L錐体の特性が主成分になっており、の特性は、M錐体の特性が主成分になっており、の特性は、S錐体の特性が主成分になっています。
RGB表色系からXYZ表色系への変換は、話が複雑になりますので、ここでは割愛します。

≪※4≫明所視と暗所視の視感度レベル

明所視と暗所視の標準分光視感効率は、それぞれ V ( λ ) および V ’ ( λ ) で示されますが、これらは、感度のピークを 1 とした相対値として規定されています。実際の感度レベルも含めた視感効率(lm/W) を、 明所視 K ( λ ) と 暗所視 K ’ ( λ ) の間で比較すると、右図のように、暗所視の方が高感度になっています。 つまり、杆体の方が錐体よりも感度が高いので、暗所でも眼が慣れれば杆体が働いて、モノが見える訳です。

ただし、

≪※5≫

標準分光視感効率 V ( λ ) 、V ’ ( λ ) は、視細胞(錐体、杆体)の特性のみで決まるのではなく、眼球内の網膜に至るまでの角膜、水晶体、黄斑などを含めた総合的な分光特性で決まります。
また、明所視 V ( λ )は3種の錐体の内、L,M錐体の特性が主となっており、S錐体の特性はあまり寄与していないと言われてます。

≪※6≫暗所視を考慮した道路交通標識

道路交通標識の中には、バックが青で白抜きの文字のものをよく見かけます。これは、夜明け時や夕暮れ時の運転者の「明るさ」に対する視覚特性を考慮して、青色が採用されているのです。このような時間帯は、所謂、暗所視ないし薄明視の状態であることが多く、運転者の眼は可視域の短波長域に対する感度が高く、 ≪※4≫K ’ ( λ ) で表わされるような特性になっている場合が多いと考えられます。
つまり、青色の方が明るく感じる訳で、運転者にとって遠くからでも標識を見やすいというメリットがあるからです。