光と色の話 第一部

光と色の話 第一部

第13回 草や木の葉はなぜ緑色なの?

前回は、物体としての分光反射率の違いがイチゴとレモンの色の違いの原因になっている話をしました。またそれらの色は、照明光源の質(光源の分光分布特性)によっても変化することもお話しました。「照明光」、「物体」および「視覚」を物体色の三要素と呼びますが、物体の色は一般にこれらの三つの要素の組合せで決まります。
今回は、私達の身の周りにある様々な色について、もう少し話を続けてみましょう。

季節による葉の色の変化

身の周りの自然界で最も身近な色の一つは、草や木の葉の緑色ではないでしょうか。多くの植物が、春になれば薄緑色の若葉が芽吹き、初夏にかけては新緑の季節と言われるように、日に日に生長を重ねて緑が濃くなっていきます。そして花が咲き、実を結んだ後、生き生きとしていた葉の色も、秋から晩秋にかけては徐々に色褪せて行き、ついには黄色くなったり褐色になったりして枯れていきます。

葉の色のこれら一連の変化はどのようにして起こるのでしょうか? これも、前回お話しました、物体色の三要素(照明光源、物体、視覚)の内の物体(葉)の光学的特性変化で説明されます。

クロロフィルの働き

子供の頃、学校で光合成について習ったことを思い出して下さい。光合成は植物が植物たる活動をしていくためには必要欠くべからざる機能で、その中心的役割を果たしているのが葉の中に含まれているクロロフィルという物質でした。クロロフィルが太陽光のエネルギーを取り込んで、水と二酸化炭素から炭水化物(ショ糖やグルコースやデンプンなど)を化学的に合成して、植物の生長の源を作り出している訳です。この「クロロフィル」は日本語にすると、「葉緑素」、つまり、「葉の緑の素」ですね。何故このような名前がつけられたのでしょうか。

右図※1はクロロフィルの光合成活動が光の波長とどのような関係があるのかを示したものです。クロロフィルが光合成に利用できる波長域は、およそ 400 ~ 700 nm 辺りで、人間の可視域に概ね一致しています。その内、可視域の短波長域と長波長域の成分が光合成に大きく寄与しているのに対し、中波長域の光の寄与が少ないのが分かります。

もう少し詳しく見ると、クロロフィルの吸収スペクトルは、短波長域と長波長域が高く、中波長域が非常に低いことが分かります。

葉面に降り注いだ光(太陽光や電球光などの白色光)の内、一部は反射され、残りが葉の内部に進入します。葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇すると、短波長光と長波長光はクロロフィルによって殆どが吸収されて光合成に使われるのに対して、中波長光はクロロフィルに吸収されにくいため、吸収されなかった中波長光の多くが葉から再び外部に放出されることになります※2

従って、この放出光の波長成分は、短・長波長成分が少なく、中波長成分が多くなっており、この光を私たちが見ている訳です。可視光の中波長域の光は、私たちは緑色に感じますので、葉の色も緑色に見えることになります。また、私達の眼の波長感度特性は、可視域中央部の感度が最も高い(第 1 回でお話しました標準分光視感効率 V ( λ ) を思い出して下さい)こともあって、葉の色はより一層明るく鮮やかな緑色に見えるということになります。

季節の移ろいとクロロフィルの変化

新緑の季節には明るい鮮やかな緑色であった草木の葉の色も、季節の移ろいとともに秋には黄色く色づきやがて枯れていきます。秋から冬にかけては草木の葉の寿命の晩年ということもできますが、晩年にはクロロフィルが分解されていくに従い光合成の活動も低下し、やがて停止していきます。光合成の活動が低下していくということは、クロロフィルがそれまで効率よく吸収していた短波長光、長波長光が吸収されなくなるということです。

一方、葉にはクロロフィルの他にもカロテノイドという色素体も含まれています。カロテノイドは、短波長域の光を吸収し、中波長域や長波長域の光は反射または透過するため黄色く見える色素体です。葉の色が通常は緑に見えるのは、カロテノイドの量がクロロフィルの量に比べて少ないため、クロロフィルが元気な間はその色は殆ど表に出て来ないからです。クロロフィルの分解が進むと、それまで目立たなかったカロテノイドの存在が相対的に前面に出てきます。

クロロフィルの分解によって吸収されなくなった光の内、カロテノイドによって短波長光()は吸収され、長波長光()は透過されることになます。その結果私達の眼に入ってくる光は、元々存在した中波長光()に加えて長波長光()を多く含む光となり、全体として黄色く見えることになる訳です。つまり、カロテノイドが黄色フィルタの役割を演じているともいえます。

また、植物によっては紅葉するものもありますが、これは、秋になるとアントシアニンと呼ばれる色素体が葉の内部に作られるからです。アントシアニンは、短・中波長光を吸収し、長波長光を透過します。元々存在した中波長光(緑)と、クロロフィルの分解とともに吸収されなくなった短波長成分(青)がアントシアニンによって吸収され、長波長成分(赤)が透過されるようになるため、葉が紅く染まって見えることになります。

稲の葉の色の変化

下のグラフは、秋の穫り入れ前( 9 月末)の水稲の葉と稲穂の分光反射率を測定したものです。

圃場の穫り入れ前時点の稲の葉は、殆ど枯れかかった褐色の葉から、まだ緑色をしている元気な葉まで色々な状態の葉があります。このグラフはそれらを一つのグラフに重ね書きしたものです。このグラフを見ると、可視域の中波長域から長波長域にかけて、様々な分光反射率特性の葉が混在しているのが判りますね。

これより、まだ盛んに光合成活動を続けている、緑色に見える元気な葉は、長波長域の光を多く吸収しているのに対し、光合成活動が衰えて枯れかかった、黄色~茶色に見える葉は、長波長光を吸収できていないことが判ります。

穫り入れ前の熟した稲穂はしばしば「黄金色」と呼ばれますが、枯れつつある葉もその分光反射率特性が稲穂の分光反射率特性に近づいて行き、稲穂の「黄金色」に近づいて行っているというのが分ります。

自然界の動植物の色の変化と種の保存

本連載の第 3 回「可視域とは?」にも書きました様に、自然界の動植物の色の変化は、殆どの場合、生命維持活動の結果としてその分光反射率(分光透過率)が変化することによって、色が変化して見えるということが多い様です※3。地球上に生息する動物は、それぞれの動物毎に備わった視覚特性※4によって、これらの「色の変化」を知り、生きて行くための極めて重要な情報として活用していると言えるでしょう。例えば、樹上生活をしている猿は、緑の葉の茂った中で実が熟して赤くなってくると、周りの葉の色との違いからその実を容易に見つけ出すことができ、食べ頃であることがわかる訳ですね。

注釈

※1

出典:“ Photobiology of Higher Plants ”( Maurice S.Mc Donald;National University of Ireland , Galway )Figure 1.14(和訳)

※2

図のクロロフィルの吸収スペクトルを見ると、クロロフィルの可視域中波長光の吸収率は短波長光(青)および長波長光(赤)に比べて非常に低いので、中波長光(緑)は一見したところ光合成に殆ど寄与していないようにも見えます。しかし、実際には短波長光(青)や長波長光(赤)ほどではないにしろ、中波長光(緑)もかなりの量がクロロフィルに吸収され、光合成に寄与しています。それは以下のように説明されます。

葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇した時点で、短波長光と長波長光の殆どは吸収されてしまいますが、中波長光はあまり吸収されません。しかし、あまり吸収されずにクロロフィルを通過した中波長光も葉の裏面と表面の間で散乱したり多重反射を繰り返して、その過程で何度もクロロフィルに遭遇することになります。遭遇する度に、一定の割合で吸収されることを繰返すことになり、その結果、中波長光の総合的な吸収率も増加するという結果になります。

中波長光は光合成に役に立たないから反射している、という説明がなされる場合がよくありますが、実態は中波長光も上述のような吸収プロセスを介して光合成にかなり寄与していますので、この説明はいささか短絡的であると言わざるを得ません。

※3

自然界の様々な事物における発色現象の内の殆どのものは、今回の葉の色の例と同様、その物体特有の波長毎の反射・吸収・透過特性(分光反射/吸収/透過率特性)の違いや変化によると言えるでしょう。しかし、空の色や雲の色、虹や光環と呼ばれる気象現象、シャボン玉の膜面の色などは、物体による光の反射や透過とは全く異なる物理現象の結果としての発色です。これらの発色現象については、この連載でも今後もし機会があるようでしたら説明したいと考えています。

※4

地球上の各種動物は、太古の時代からの進化の過程で、それぞれの色覚を獲得してきたと考えられています。現代の人類は 3 色覚( 3 種の錐状体 L 、M 、S をもつ)ですが、動物によっては、 4 色覚や 2 色覚のものも知られています。つまり、それらの動物は、同じモノを見ても我々人類とは異なった色を感じている・・・・我々人類とは異なった「色の世界」にいる・・・・と考えられます。いずれにしても、その動物の生息環境に対して、その動物が種を保存するために、色覚特性が最適に適応した結果であると考えられています。

『色』って何だろう?・・・(その2)
・・・・・モノ自体に「色」がついているのではない・・・・・

光と色の話 第一部

光と色の話 第一部

第13回 草や木の葉はなぜ緑色なの?

前回は、物体としての分光反射率の違いがイチゴとレモンの色の違いの原因になっている話をしました。またそれらの色は、照明光源の質(光源の分光分布特性)によっても変化することもお話しました。「照明光」、「物体」および「視覚」を物体色の三要素と呼びますが、物体の色は一般にこれらの三つの要素の組合せで決まります。
今回は、私達の身の周りにある様々な色について、もう少し話を続けてみましょう。

季節による葉の色の変化

身の周りの自然界で最も身近な色の一つは、草や木の葉の緑色ではないでしょうか。多くの植物が、春になれば薄緑色の若葉が芽吹き、初夏にかけては新緑の季節と言われるように、日に日に生長を重ねて緑が濃くなっていきます。そして花が咲き、実を結んだ後、生き生きとしていた葉の色も、秋から晩秋にかけては徐々に色褪せて行き、ついには黄色くなったり褐色になったりして枯れていきます。

葉の色のこれら一連の変化はどのようにして起こるのでしょうか? これも、前回お話しました、物体色の三要素(照明光源、物体、視覚)の内の物体(葉)の光学的特性変化で説明されます。

クロロフィルの働き

子供の頃、学校で光合成について習ったことを思い出して下さい。光合成は植物が植物たる活動をしていくためには必要欠くべからざる機能で、その中心的役割を果たしているのが葉の中に含まれているクロロフィルという物質でした。クロロフィルが太陽光のエネルギーを取り込んで、水と二酸化炭素から炭水化物(ショ糖やグルコースやデンプンなど)を化学的に合成して、植物の生長の源を作り出している訳です。この「クロロフィル」は日本語にすると、「葉緑素」、つまり、「葉の緑の素」ですね。何故このような名前がつけられたのでしょうか。

右図※1はクロロフィルの光合成活動が光の波長とどのような関係があるのかを示したものです。クロロフィルが光合成に利用できる波長域は、およそ 400 ~ 700 nm 辺りで、人間の可視域に概ね一致しています。その内、可視域の短波長域と長波長域の成分が光合成に大きく寄与しているのに対し、中波長域の光の寄与が少ないのが分かります。

もう少し詳しく見ると、クロロフィルの吸収スペクトルは、短波長域と長波長域が高く、中波長域が非常に低いことが分かります。

葉面に降り注いだ光(太陽光や電球光などの白色光)の内、一部は反射され、残りが葉の内部に進入します。葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇すると、短波長光と長波長光はクロロフィルによって殆どが吸収されて光合成に使われるのに対して、中波長光はクロロフィルに吸収されにくいため、吸収されなかった中波長光の多くが葉から再び外部に放出されることになります※2

従って、この放出光の波長成分は、短・長波長成分が少なく、中波長成分が多くなっており、この光を私たちが見ている訳です。可視光の中波長域の光は、私たちは緑色に感じますので、葉の色も緑色に見えることになります。また、私達の眼の波長感度特性は、可視域中央部の感度が最も高い(第 1 回でお話しました標準分光視感効率 V ( λ ) を思い出して下さい)こともあって、葉の色はより一層明るく鮮やかな緑色に見えるということになります。

季節の移ろいとクロロフィルの変化

新緑の季節には明るい鮮やかな緑色であった草木の葉の色も、季節の移ろいとともに秋には黄色く色づきやがて枯れていきます。秋から冬にかけては草木の葉の寿命の晩年ということもできますが、晩年にはクロロフィルが分解されていくに従い光合成の活動も低下し、やがて停止していきます。光合成の活動が低下していくということは、クロロフィルがそれまで効率よく吸収していた短波長光、長波長光が吸収されなくなるということです。

一方、葉にはクロロフィルの他にもカロテノイドという色素体も含まれています。カロテノイドは、短波長域の光を吸収し、中波長域や長波長域の光は反射または透過するため黄色く見える色素体です。葉の色が通常は緑に見えるのは、カロテノイドの量がクロロフィルの量に比べて少ないため、クロロフィルが元気な間はその色は殆ど表に出て来ないからです。クロロフィルの分解が進むと、それまで目立たなかったカロテノイドの存在が相対的に前面に出てきます。

クロロフィルの分解によって吸収されなくなった光の内、カロテノイドによって短波長光()は吸収され、長波長光()は透過されることになます。その結果私達の眼に入ってくる光は、元々存在した中波長光()に加えて長波長光()を多く含む光となり、全体として黄色く見えることになる訳です。つまり、カロテノイドが黄色フィルタの役割を演じているともいえます。

また、植物によっては紅葉するものもありますが、これは、秋になるとアントシアニンと呼ばれる色素体が葉の内部に作られるからです。アントシアニンは、短・中波長光を吸収し、長波長光を透過します。元々存在した中波長光(緑)と、クロロフィルの分解とともに吸収されなくなった短波長成分(青)がアントシアニンによって吸収され、長波長成分(赤)が透過されるようになるため、葉が紅く染まって見えることになります。

稲の葉の色の変化

下のグラフは、秋の穫り入れ前( 9 月末)の水稲の葉と稲穂の分光反射率を測定したものです。

圃場の穫り入れ前時点の稲の葉は、殆ど枯れかかった褐色の葉から、まだ緑色をしている元気な葉まで色々な状態の葉があります。このグラフはそれらを一つのグラフに重ね書きしたものです。このグラフを見ると、可視域の中波長域から長波長域にかけて、様々な分光反射率特性の葉が混在しているのが判りますね。

これより、まだ盛んに光合成活動を続けている、緑色に見える元気な葉は、長波長域の光を多く吸収しているのに対し、光合成活動が衰えて枯れかかった、黄色~茶色に見える葉は、長波長光を吸収できていないことが判ります。

穫り入れ前の熟した稲穂はしばしば「黄金色」と呼ばれますが、枯れつつある葉もその分光反射率特性が稲穂の分光反射率特性に近づいて行き、稲穂の「黄金色」に近づいて行っているというのが分ります。

自然界の動植物の色の変化と種の保存

本連載の第 3 回「可視域とは?」にも書きました様に、自然界の動植物の色の変化は、殆どの場合、生命維持活動の結果としてその分光反射率(分光透過率)が変化することによって、色が変化して見えるということが多い様です※3。地球上に生息する動物は、それぞれの動物毎に備わった視覚特性※4によって、これらの「色の変化」を知り、生きて行くための極めて重要な情報として活用していると言えるでしょう。例えば、樹上生活をしている猿は、緑の葉の茂った中で実が熟して赤くなってくると、周りの葉の色との違いからその実を容易に見つけ出すことができ、食べ頃であることがわかる訳ですね。

注釈

※1

出典:“ Photobiology of Higher Plants ”( Maurice S.Mc Donald;National University of Ireland , Galway )Figure 1.14(和訳)

※2

図のクロロフィルの吸収スペクトルを見ると、クロロフィルの可視域中波長光の吸収率は短波長光(青)および長波長光(赤)に比べて非常に低いので、中波長光(緑)は一見したところ光合成に殆ど寄与していないようにも見えます。しかし、実際には短波長光(青)や長波長光(赤)ほどではないにしろ、中波長光(緑)もかなりの量がクロロフィルに吸収され、光合成に寄与しています。それは以下のように説明されます。

葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇した時点で、短波長光と長波長光の殆どは吸収されてしまいますが、中波長光はあまり吸収されません。しかし、あまり吸収されずにクロロフィルを通過した中波長光も葉の裏面と表面の間で散乱したり多重反射を繰り返して、その過程で何度もクロロフィルに遭遇することになります。遭遇する度に、一定の割合で吸収されることを繰返すことになり、その結果、中波長光の総合的な吸収率も増加するという結果になります。

中波長光は光合成に役に立たないから反射している、という説明がなされる場合がよくありますが、実態は中波長光も上述のような吸収プロセスを介して光合成にかなり寄与していますので、この説明はいささか短絡的であると言わざるを得ません。

※3

自然界の様々な事物における発色現象の内の殆どのものは、今回の葉の色の例と同様、その物体特有の波長毎の反射・吸収・透過特性(分光反射/吸収/透過率特性)の違いや変化によると言えるでしょう。しかし、空の色や雲の色、虹や光環と呼ばれる気象現象、シャボン玉の膜面の色などは、物体による光の反射や透過とは全く異なる物理現象の結果としての発色です。これらの発色現象については、この連載でも今後もし機会があるようでしたら説明したいと考えています。

※4

地球上の各種動物は、太古の時代からの進化の過程で、それぞれの色覚を獲得してきたと考えられています。現代の人類は 3 色覚( 3 種の錐状体 L 、M 、S をもつ)ですが、動物によっては、 4 色覚や 2 色覚のものも知られています。つまり、それらの動物は、同じモノを見ても我々人類とは異なった色を感じている・・・・我々人類とは異なった「色の世界」にいる・・・・と考えられます。いずれにしても、その動物の生息環境に対して、その動物が種を保存するために、色覚特性が最適に適応した結果であると考えられています。

『色』って何だろう?・・・(その2)
・・・・・モノ自体に「色」がついているのではない・・・・・

光と色の話 第一部

光と色の話 第一部

第13回 草や木の葉はなぜ緑色なの?

前回は、物体としての分光反射率の違いがイチゴとレモンの色の違いの原因になっている話をしました。またそれらの色は、照明光源の質(光源の分光分布特性)によっても変化することもお話しました。「照明光」、「物体」および「視覚」を物体色の三要素と呼びますが、物体の色は一般にこれらの三つの要素の組合せで決まります。
今回は、私達の身の周りにある様々な色について、もう少し話を続けてみましょう。

季節による葉の色の変化

身の周りの自然界で最も身近な色の一つは、草や木の葉の緑色ではないでしょうか。多くの植物が、春になれば薄緑色の若葉が芽吹き、初夏にかけては新緑の季節と言われるように、日に日に生長を重ねて緑が濃くなっていきます。そして花が咲き、実を結んだ後、生き生きとしていた葉の色も、秋から晩秋にかけては徐々に色褪せて行き、ついには黄色くなったり褐色になったりして枯れていきます。

葉の色のこれら一連の変化はどのようにして起こるのでしょうか? これも、前回お話しました、物体色の三要素(照明光源、物体、視覚)の内の物体(葉)の光学的特性変化で説明されます。

クロロフィルの働き

子供の頃、学校で光合成について習ったことを思い出して下さい。光合成は植物が植物たる活動をしていくためには必要欠くべからざる機能で、その中心的役割を果たしているのが葉の中に含まれているクロロフィルという物質でした。クロロフィルが太陽光のエネルギーを取り込んで、水と二酸化炭素から炭水化物(ショ糖やグルコースやデンプンなど)を化学的に合成して、植物の生長の源を作り出している訳です。この「クロロフィル」は日本語にすると、「葉緑素」、つまり、「葉の緑の素」ですね。何故このような名前がつけられたのでしょうか。

右図※1はクロロフィルの光合成活動が光の波長とどのような関係があるのかを示したものです。クロロフィルが光合成に利用できる波長域は、およそ 400 ~ 700 nm 辺りで、人間の可視域に概ね一致しています。その内、可視域の短波長域と長波長域の成分が光合成に大きく寄与しているのに対し、中波長域の光の寄与が少ないのが分かります。

もう少し詳しく見ると、クロロフィルの吸収スペクトルは、短波長域と長波長域が高く、中波長域が非常に低いことが分かります。

葉面に降り注いだ光(太陽光や電球光などの白色光)の内、一部は反射され、残りが葉の内部に進入します。葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇すると、短波長光と長波長光はクロロフィルによって殆どが吸収されて光合成に使われるのに対して、中波長光はクロロフィルに吸収されにくいため、吸収されなかった中波長光の多くが葉から再び外部に放出されることになります※2

従って、この放出光の波長成分は、短・長波長成分が少なく、中波長成分が多くなっており、この光を私たちが見ている訳です。可視光の中波長域の光は、私たちは緑色に感じますので、葉の色も緑色に見えることになります。また、私達の眼の波長感度特性は、可視域中央部の感度が最も高い(第 1 回でお話しました標準分光視感効率 V ( λ ) を思い出して下さい)こともあって、葉の色はより一層明るく鮮やかな緑色に見えるということになります。

季節の移ろいとクロロフィルの変化

新緑の季節には明るい鮮やかな緑色であった草木の葉の色も、季節の移ろいとともに秋には黄色く色づきやがて枯れていきます。秋から冬にかけては草木の葉の寿命の晩年ということもできますが、晩年にはクロロフィルが分解されていくに従い光合成の活動も低下し、やがて停止していきます。光合成の活動が低下していくということは、クロロフィルがそれまで効率よく吸収していた短波長光、長波長光が吸収されなくなるということです。

一方、葉にはクロロフィルの他にもカロテノイドという色素体も含まれています。カロテノイドは、短波長域の光を吸収し、中波長域や長波長域の光は反射または透過するため黄色く見える色素体です。葉の色が通常は緑に見えるのは、カロテノイドの量がクロロフィルの量に比べて少ないため、クロロフィルが元気な間はその色は殆ど表に出て来ないからです。クロロフィルの分解が進むと、それまで目立たなかったカロテノイドの存在が相対的に前面に出てきます。

クロロフィルの分解によって吸収されなくなった光の内、カロテノイドによって短波長光()は吸収され、長波長光()は透過されることになます。その結果私達の眼に入ってくる光は、元々存在した中波長光()に加えて長波長光()を多く含む光となり、全体として黄色く見えることになる訳です。つまり、カロテノイドが黄色フィルタの役割を演じているともいえます。

また、植物によっては紅葉するものもありますが、これは、秋になるとアントシアニンと呼ばれる色素体が葉の内部に作られるからです。アントシアニンは、短・中波長光を吸収し、長波長光を透過します。元々存在した中波長光(緑)と、クロロフィルの分解とともに吸収されなくなった短波長成分(青)がアントシアニンによって吸収され、長波長成分(赤)が透過されるようになるため、葉が紅く染まって見えることになります。

稲の葉の色の変化

下のグラフは、秋の穫り入れ前( 9 月末)の水稲の葉と稲穂の分光反射率を測定したものです。

圃場の穫り入れ前時点の稲の葉は、殆ど枯れかかった褐色の葉から、まだ緑色をしている元気な葉まで色々な状態の葉があります。このグラフはそれらを一つのグラフに重ね書きしたものです。このグラフを見ると、可視域の中波長域から長波長域にかけて、様々な分光反射率特性の葉が混在しているのが判りますね。

これより、まだ盛んに光合成活動を続けている、緑色に見える元気な葉は、長波長域の光を多く吸収しているのに対し、光合成活動が衰えて枯れかかった、黄色~茶色に見える葉は、長波長光を吸収できていないことが判ります。

穫り入れ前の熟した稲穂はしばしば「黄金色」と呼ばれますが、枯れつつある葉もその分光反射率特性が稲穂の分光反射率特性に近づいて行き、稲穂の「黄金色」に近づいて行っているというのが分ります。

自然界の動植物の色の変化と種の保存

本連載の第 3 回「可視域とは?」にも書きました様に、自然界の動植物の色の変化は、殆どの場合、生命維持活動の結果としてその分光反射率(分光透過率)が変化することによって、色が変化して見えるということが多い様です※3。地球上に生息する動物は、それぞれの動物毎に備わった視覚特性※4によって、これらの「色の変化」を知り、生きて行くための極めて重要な情報として活用していると言えるでしょう。例えば、樹上生活をしている猿は、緑の葉の茂った中で実が熟して赤くなってくると、周りの葉の色との違いからその実を容易に見つけ出すことができ、食べ頃であることがわかる訳ですね。

注釈

※1

出典:“ Photobiology of Higher Plants ”( Maurice S.Mc Donald;National University of Ireland , Galway )Figure 1.14(和訳)

※2

図のクロロフィルの吸収スペクトルを見ると、クロロフィルの可視域中波長光の吸収率は短波長光(青)および長波長光(赤)に比べて非常に低いので、中波長光(緑)は一見したところ光合成に殆ど寄与していないようにも見えます。しかし、実際には短波長光(青)や長波長光(赤)ほどではないにしろ、中波長光(緑)もかなりの量がクロロフィルに吸収され、光合成に寄与しています。それは以下のように説明されます。

葉の内部に進入した光がクロロフィルに遭遇した時点で、短波長光と長波長光の殆どは吸収されてしまいますが、中波長光はあまり吸収されません。しかし、あまり吸収されずにクロロフィルを通過した中波長光も葉の裏面と表面の間で散乱したり多重反射を繰り返して、その過程で何度もクロロフィルに遭遇することになります。遭遇する度に、一定の割合で吸収されることを繰返すことになり、その結果、中波長光の総合的な吸収率も増加するという結果になります。

中波長光は光合成に役に立たないから反射している、という説明がなされる場合がよくありますが、実態は中波長光も上述のような吸収プロセスを介して光合成にかなり寄与していますので、この説明はいささか短絡的であると言わざるを得ません。

※3

自然界の様々な事物における発色現象の内の殆どのものは、今回の葉の色の例と同様、その物体特有の波長毎の反射・吸収・透過特性(分光反射/吸収/透過率特性)の違いや変化によると言えるでしょう。しかし、空の色や雲の色、虹や光環と呼ばれる気象現象、シャボン玉の膜面の色などは、物体による光の反射や透過とは全く異なる物理現象の結果としての発色です。これらの発色現象については、この連載でも今後もし機会があるようでしたら説明したいと考えています。

※4

地球上の各種動物は、太古の時代からの進化の過程で、それぞれの色覚を獲得してきたと考えられています。現代の人類は 3 色覚( 3 種の錐状体 L 、M 、S をもつ)ですが、動物によっては、 4 色覚や 2 色覚のものも知られています。つまり、それらの動物は、同じモノを見ても我々人類とは異なった色を感じている・・・・我々人類とは異なった「色の世界」にいる・・・・と考えられます。いずれにしても、その動物の生息環境に対して、その動物が種を保存するために、色覚特性が最適に適応した結果であると考えられています。

『色』って何だろう?・・・(その2)
・・・・・モノ自体に「色」がついているのではない・・・・・

Q1.参考になりましたか?
Q2.次回連載を期待されますか?

アンケートにご協力いただきありがとうございました。