光と色の話 第一部
第24回 人の眼 と 器械(カメラ)の眼(その1)
・・・・・ 類似点 と 相違点 ・・・・・
はじめに
私たちは、日常生活で何の不思議も無く、自然に視覚から得る情報を活用して生活していますが、実際にはどのようにして身の周りの世界を画像情報として得ているのでしょうか?
ヒトの眼の働きについては、カメラとの比較で説明されることが多いようです。一言で言えば、眼もカメラも共に結像光学系を備えた撮像装置であるということもでき、基本的な構成は共通していると言えます。
しかし、詳細に見れば異なっているところも数多くあります。人間の眼は、なるほどよく出来ていると感心するところもありますし、また逆に、カメラにはとても敵わないところもあります。私たちの日常体験に照らし合わせながら読んでいただけたらと思います。
結像光学系(撮影レンズ と 角膜・水晶体)
カメラの場合は、通常は撮影レンズによって被写体の倒立像が撮像面(フイルムあるいは撮像素子)面上に結像されます≪※1≫。この撮影レンズは、一般には複数枚のレンズから成っており、全体としては凸レンズとして機能しますので、撮像面では倒立像となります。眼の場合は、角膜と水晶体によって凸レンズ系が構成され、視界が網膜上に倒立像として結像されます。つまり、眼の角膜と水晶体の組合せがカメラの撮影レンズの機能に対応しており、結像光学系としての基本構成は共通しています。なお、網膜上での結像は倒立像になっているのですが、私たちが見る世界は上下逆転して見えるわけではなく正立像として見えています。これは、網膜から脳へ伝達された情報が脳で正立像として上下変換されて解釈されているからです。
焦点調節については、カメラと眼ではやり方が異なっています。カメラの場合は、撮影レンズを光軸方向に沿って前後に平行移動させることによって撮像面上にピントを合わせるようになっています。これに対して、眼の場合は、水晶体の厚みを変えて凸レンズとしての屈折力を調節することで網膜上にピントを合わせています。
角膜と水晶体の組合せで眼球の凸レンズ系を構成していますが、その屈折力の 3 / 4 ~ 2 / 3 程度を角膜が、1 / 4 ~ 1 / 3 程度を水晶体が担っています。角膜の形状は変化することがなく、近くを見る時は水晶体中心部の厚みが厚くなり、遠くを見る時は水晶体中心部の厚みが薄くなって、ピントを微調整している訳です。
撮像面(撮像素子と網膜)
カメラの場合は、撮像面に撮像素子あるいはフイルムが配置されます。撮像面は通常は平面になっており、撮像素子もフイルムも、撮像面全体に亘ってその感度や分解能は一様に作られています。
眼において、カメラの撮像素子やフイルムに対応するのが、球面状の眼底に広がる網膜です。網膜には、各種の視細胞(錐体、杆体)が分布しているのですが、その分布密度は一様ではありません。特に錐体の分布は極端で、網膜の中央部(眼の光軸上)の中心窩とよばれる部位に局所的に集中分布しており、その他の部位にはうっすらと分布しているに過ぎません。一方、杆体の分布は、中心窩には分布せず、それ以外の眼底部位に広く分布しています。
錐体が集中分布している中心窩付近は、感度が高く分解能も高くなっており、色の識別能力も高くなっています。私たちが本を読んだり、細かい作業をする時、その場所に視線を集中させますが、これは視線を集中した場所の像を、無意識の内に最も撮像性能の高い中心窩付近に結像させている訳です。例えば視線方向を正面方向に固定した状態で、視界の周辺に置いた本の文字を読むことは極めて困難です。この状態では本の文字が網膜上の中心窩から遠く離れた位置に結像しており、その部位には錐体がまばらにしか分布していないため、文字が存在することは分かっても充分解像度の高い像としては捉えきれないのです。
また、錐体が集中分布している中心窩とその近傍は、局所的に黄色く色づいた斑点のように見えることから、黄斑と呼ばれています。錐体は眼の視力や色覚の機能において、極めて重要な役割を果たしていますので、錐体を覆う膜が黄色く着色された黄斑は外界から入射してくる光から錐体を保護する役割を果たしていると考えられています。本連載の第 2 回でお話しましたように、光の波長が短い程、光子としての物理エネルギーは大きくなりますので、錐体に与えるストレスも大きくなります。一方、生体組織が黄色く見えるということは、その組織の分光透過率が可視域の短波長域の透過率が低く、中・長波長域の透過率が高いということです。つまり、錐体の密集エリアを覆う黄色い生体組織は短波長側を抑制するフィルタとして機能し、感度の高い錐体群を保護している訳です。
従って、黄斑部に存在する錐体とそれ以外の部分に存在する錐体とでは、総合的な分光応答度には差異が存在することになります。
一般に私たち人間の色覚において、視角の大小によって微妙に認識する色が若干異なることが知られており、これを「面積効果」と呼んでいます。このために、色を評価する等色関数が、2° 視野と 10° 視野の二つの規格が定められています。 2° 視野は主として黄斑部に結像するのに対し、 10° 視野は黄斑部以外のエリアにも広く結像するため、2° 視野の等色関数の方が 10° 視野の等色関数よりもその特性がほんの少しだけ長波長寄りになっています。≪※2≫
盲点
網膜上のある場所には、視細胞が全く存在しないスポット状の領域があります。網膜全体に分布する視細胞からの視神経繊維がここで束ねられて脳へ送り出され、また、網膜上の各種生体組織へ血液を供給する血管の出入り口にも当っています。視細胞が全く存在しないため、ここに結像された像は網膜では全く受信できず、この領域は視界の中で穴があいたように「何も見えない」のです。「盲点」と呼ばれる所以です。
しかし、私たちは日常生活で、視界の中に穴があいた様に見えることは無く、盲点を意識することはまずありません。これは何故なのでしょうか? (当然、カメラには「盲点」に相当する場所はありません。)簡単な実験をしてみましょう。
「 + 」マークと「 ● 」マークを 7 ~ 8 cm 程度の間隔で記した右上図のようなチャートを準備してください。そして、左眼を隠した状態で右図の「 + 」マークに右目の視線を当てて凝視した状態で、(腕の長さの範囲で)眼と図の距離を変えてみて下さい。距離が遠い時と、近い時には、図の「 ● 」マークは見えていますが、或る距離範囲では、「 ● 」マークが忽然と消えてしまうのが確認できると思います。
同じ距離で、2 番目のパターンに対して同様な実験をするとどうでしょう? 図では黒い太線が分断されているのに、先ほどの実験で「 ● 」が見えなくなった距離で、上下の太線が繋がって見えてしまいます。
今度は 3 番目の図で同様に実験するとどうでしょう。信じられないようなことが起こります。上下に分断されて少し横方向にずれた線が、まっすぐな上下一直線に見えてしまうことが解ると思います。
以上の実験で「 + 」マークを凝視するということは、「 + 」マークを眼底の中心窩に結像させることを意味します。つまり、結像レンズ(角膜および水晶体)中心と中心窩を結ぶ線が光軸になっています。この光軸に対して左右方向約 15 ~ 16° 傾いた鼻寄りの位置に盲点があります。上記の3つの実験は、「 ● 」や「太線の切れ目」の部分が光軸に対して約 15 ~ 16° 傾いた方向になるような距離になったとき、盲点上にその像が結像されるため、実像の情報が取得できないことが起こる訳です。盲点の周辺には視細胞が存在していますので、脳においてその周辺情報から、盲点の場所での情報を推定して「穴埋め」している訳です。3 番目のパターンでは、周辺情報からまさに「強引に」勝手に「過補正」していると言っても過言ではないようにも思います。 これは、カメラとは全く異なり、人間の眼の面白いというか素晴らしいところですね。≪※3≫
カメラの露光量調整と人の眼の感じる「明るさ」
カメラの場合は、撮影レンズの絞り値( F ナンバー)、露光時間(シャッター速度)および撮像素子/フイルムの感度( ISO 感度)の、基本的には 3 つの要素の組合せによって露光量が調整されます。被写体の最高輝度と最低輝度がうまく撮像素子/フイルムの濃度再現域(ラチチュード)範囲の中に収まるように光量(撮像面照度の時間積分値)を調節します。
例えば、絞りによって調整できる露光量範囲は、 F 2 ~ F 64(絞り段数 10 段階)であるとすれば、 210 ≒ 1000 倍程度、写真フイルムの場合、ISO 感度は最低 6 、最高 6400 ですから、約 1700 倍程度になります ≪※4≫。また、カメラはシャッターによって露光時間を制御できますが、眼にはこの機能はありません。カメラの場合、高速シャッター(例えば 1 / 4000 秒)から超スローシャッター(例えば 30 秒)までの 17 段階を考えると、シャッターだけで 217 倍になります。カメラではこれらの掛け算(上記例ではフイルムを固定した場合でも 210 × 217 = 227 ≒ 108 倍すなわち 1 億倍程度)の露光量範囲を制御できることになります。更に、バルブまで含めると理論的には無限大の露光量制御が可能です。
カメラの絞りに対応するのが眼の虹彩(虹彩の開口部が瞳孔)になります。瞳孔の大きさは眼の外から観察できますが、日中戸外などの明るい場所で直径 2 mm 程度、夜などの暗いところで直径 8 mm 程度まで変化します。眼の虹彩による露光量制御範囲は、瞳孔の直径比で 4 倍、従って面積比で 16 倍しかありません。従って眼の露光量制御は殆ど、生理的に視細胞の感度を変化させて対応していることになります。明るくなれば視細胞が鈍感に、暗くなれば視細胞の感度が敏感に変化します。通常の明るさから暗くなってくると、錐体の感度が敏感に変化してくるのですが、あるレベルを越して暗くなると錐体の感度はそれ以上追随できなくなってしまい、それより暗くなると、錐体に代わってより高感度の杆体が働くようになってきます。しかし杆体は 1 種類しかありませんので、この明るさの領域では、「色」は認識できず、明暗のみ(暗所視)となります。
杆体の感度変化は、非常に遅く、数分 ~ 十数分かかって最高感度に到達します。これを暗順応と呼んでいます。私たちの生活経験では、例えば、映画館に入った直後は真っ暗で何も見えないのに数分経つと徐々に眼が慣れてうっすらと周りの状況が見えてくる経験をした人も多いと思います。これに対して、錐体の感度変化は速く、概ね 1 秒程度以下です。映画館から明るい外へ出た瞬間には眩しくて一瞬周りが見えなくなりますが、じきに普通に周りが見えるようになります。これは、それまで高感度で働いていた杆体が明るい外光によって飽和してしまって眩しく感じるのですが、感度変化の速い錐体が正常に機能するようになるためです。
撮像素子/フイルムの感度は、ISO100 が基準で、被写体の状況や作画意図によって ISO400 、 ISO800 などの高感度、ISO50 、ISO25 などの低感度を使い分けます。これに対応するのが視細胞の(生理的)感度変化に相当します。なお、カメラのレンズキャップに対応するのは目蓋ですね。
機能 | 眼 | カメラ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
入射光 の遮断 |
目蓋 | シャッター & レンズ キャップ |
||||
結像 & ピント 調整 |
角膜 & 水晶体 |
角膜が眼球全体の3/4~2/3の屈折力をもつ。 水晶体の厚みを変えて1/4~1/3の屈折力範囲を可変調節 (オートフォーカス) |
撮影 レンズ |
レンズ位置を光軸方向前後に調節 | ||
受光 (撮像) |
網膜 | 眼底に球面状に配置 感度分布、分解能分布がある。 錐体は、黄斑部、中心窩に集中 杆体は、中心窩以外に広く分布 |
フィルム or 撮像 素子 |
通常は平面配置 感度分布、分解能が一様 基本は感度固定(銀塩写真)で使用 |
||
受光 出力の 調節 範囲 (露光 調節) |
虹彩 & 網膜 (感度) |
虹彩の直径 約 2 ~ 8 mm (面積比 1 :16 ) 視覚系の働く照度レンジ 103 ~ 105(オート露光) |
絞り & 露光 時間 |
絞り: ex. F2 ~ F64 の場合 210 ≒ 103 倍 露光時間: ex. 1 / 4000 ~ 30 秒の場合 217 ≒ 105 倍 絞り × 露光時間 :103 × 105 = 108 倍 |
注釈
≪※1≫
例外として、ピンホールカメラの場合には撮影レンズはありません。
≪※2≫ 2° 視野と 10° 視野
JIS Z 8701 : 1999に 2° 視野 と10° 視野における等色関数が規定されています。
≪※3≫ デジタルカメラの欠陥画素補正処理
本文においては、「カメラとは全く異なり・・・」という表現をしました。フィルムカメラ(銀塩カメラ)に関してはその通りなのですが、実際のデジタルカメラにおいては、人間の眼の盲点における信号処理をうまく応用しています。
デジタルカメラは、CCD や C-MOS などの撮像素子を搭載しています。これらの撮像素子は、最近では一千万以上にも及ぶ細かい画素から成っています。撮像素子を製造する場合、これら多数の画素の全てが正常に機能するのが理想ですが、様々な要因により、どうしても正常に機能しない画素(欠陥画素)が発生してしまうことがあります。その欠陥画素数によっては、品質的に写真として許容できない場合も出てきます。欠陥画素数の多いものは選別して廃棄すれば、カメラとしての品質は一応確保できますが、廃棄した分だけコストに跳ね返ってしまいます。そこで、(欠陥画素が多すぎる場合は別ですが)欠陥画素の周囲の正常な画素の出力信号を、例えば平均して欠陥画素の信号として扱うような処理をしてやれば、廃棄せずに済み、コストアップを抑えることができます。まさにこの処理は、人間の盲点における処理と共通していますね。
≪※4≫ カメラの露出制御値の系列と露光量の関係
カメラの露出を制御する露光時間(シャッター速度) T と絞り値( F ナンバー)は、下表のような系列になっています。絞り値は一見中途半端な数値になっていますが、これは F ナンバーが絞りの開口径との関係で定義されているからです。絞りの開口部を通過する光束は絞りの開口面積に比例しますから、露光量は F ナンバーの自乗に比例することになります。
つまり、 F ナンバーの自乗値と露光時間は、いずれも露光量が 2 の指数乗の関係で変化していく系列になっています。 F ナンバーあるいは露光時間が 露光増側に n 段階変わると、露光量が 2n だけ増加し、露光減側に n 段階変わると、露光量が 2-n に減少することになります。
露光時間 T (シャッター速度) [秒] |
・・・・・, 1 / 4000 , 1 / 2000 , 1/1000, 1 / 500 , 1 / 250 , 1 / 125 , 1 / 60 , 1 / 30 , 1 / 15 , 1 / 8 , 1 / 4 , 1 / 2 , 1 , 2 , 4 , ・・・・・ |
---|---|
絞り値 ( F ナンバー) | 1 , 1.4 , 2 , 2.8 , 4 , 5.6 , 8 , 11 , 15 , 22 , 30 , 45 , 60 , 90 , ・・・・・ |
光と色の話 第一部
第24回 人の眼 と 器械(カメラ)の眼(その1)
・・・・・ 類似点 と 相違点 ・・・・・
はじめに
私たちは、日常生活で何の不思議も無く、自然に視覚から得る情報を活用して生活していますが、実際にはどのようにして身の周りの世界を画像情報として得ているのでしょうか?
ヒトの眼の働きについては、カメラとの比較で説明されることが多いようです。一言で言えば、眼もカメラも共に結像光学系を備えた撮像装置であるということもでき、基本的な構成は共通していると言えます。
しかし、詳細に見れば異なっているところも数多くあります。人間の眼は、なるほどよく出来ていると感心するところもありますし、また逆に、カメラにはとても敵わないところもあります。私たちの日常体験に照らし合わせながら読んでいただけたらと思います。
結像光学系(撮影レンズ と 角膜・水晶体)
カメラの場合は、通常は撮影レンズによって被写体の倒立像が撮像面(フイルムあるいは撮像素子)面上に結像されます≪※1≫。この撮影レンズは、一般には複数枚のレンズから成っており、全体としては凸レンズとして機能しますので、撮像面では倒立像となります。眼の場合は、角膜と水晶体によって凸レンズ系が構成され、視界が網膜上に倒立像として結像されます。つまり、眼の角膜と水晶体の組合せがカメラの撮影レンズの機能に対応しており、結像光学系としての基本構成は共通しています。なお、網膜上での結像は倒立像になっているのですが、私たちが見る世界は上下逆転して見えるわけではなく正立像として見えています。これは、網膜から脳へ伝達された情報が脳で正立像として上下変換されて解釈されているからです。
焦点調節については、カメラと眼ではやり方が異なっています。カメラの場合は、撮影レンズを光軸方向に沿って前後に平行移動させることによって撮像面上にピントを合わせるようになっています。これに対して、眼の場合は、水晶体の厚みを変えて凸レンズとしての屈折力を調節することで網膜上にピントを合わせています。
角膜と水晶体の組合せで眼球の凸レンズ系を構成していますが、その屈折力の 3 / 4 ~ 2 / 3 程度を角膜が、1 / 4 ~ 1 / 3 程度を水晶体が担っています。角膜の形状は変化することがなく、近くを見る時は水晶体中心部の厚みが厚くなり、遠くを見る時は水晶体中心部の厚みが薄くなって、ピントを微調整している訳です。
撮像面(撮像素子と網膜)
カメラの場合は、撮像面に撮像素子あるいはフイルムが配置されます。撮像面は通常は平面になっており、撮像素子もフイルムも、撮像面全体に亘ってその感度や分解能は一様に作られています。
眼において、カメラの撮像素子やフイルムに対応するのが、球面状の眼底に広がる網膜です。網膜には、各種の視細胞(錐体、杆体)が分布しているのですが、その分布密度は一様ではありません。特に錐体の分布は極端で、網膜の中央部(眼の光軸上)の中心窩とよばれる部位に局所的に集中分布しており、その他の部位にはうっすらと分布しているに過ぎません。一方、杆体の分布は、中心窩には分布せず、それ以外の眼底部位に広く分布しています。
錐体が集中分布している中心窩付近は、感度が高く分解能も高くなっており、色の識別能力も高くなっています。私たちが本を読んだり、細かい作業をする時、その場所に視線を集中させますが、これは視線を集中した場所の像を、無意識の内に最も撮像性能の高い中心窩付近に結像させている訳です。例えば視線方向を正面方向に固定した状態で、視界の周辺に置いた本の文字を読むことは極めて困難です。この状態では本の文字が網膜上の中心窩から遠く離れた位置に結像しており、その部位には錐体がまばらにしか分布していないため、文字が存在することは分かっても充分解像度の高い像としては捉えきれないのです。
また、錐体が集中分布している中心窩とその近傍は、局所的に黄色く色づいた斑点のように見えることから、黄斑と呼ばれています。錐体は眼の視力や色覚の機能において、極めて重要な役割を果たしていますので、錐体を覆う膜が黄色く着色された黄斑は外界から入射してくる光から錐体を保護する役割を果たしていると考えられています。本連載の第 2 回でお話しましたように、光の波長が短い程、光子としての物理エネルギーは大きくなりますので、錐体に与えるストレスも大きくなります。一方、生体組織が黄色く見えるということは、その組織の分光透過率が可視域の短波長域の透過率が低く、中・長波長域の透過率が高いということです。つまり、錐体の密集エリアを覆う黄色い生体組織は短波長側を抑制するフィルタとして機能し、感度の高い錐体群を保護している訳です。
従って、黄斑部に存在する錐体とそれ以外の部分に存在する錐体とでは、総合的な分光応答度には差異が存在することになります。
一般に私たち人間の色覚において、視角の大小によって微妙に認識する色が若干異なることが知られており、これを「面積効果」と呼んでいます。このために、色を評価する等色関数が、2° 視野と 10° 視野の二つの規格が定められています。 2° 視野は主として黄斑部に結像するのに対し、 10° 視野は黄斑部以外のエリアにも広く結像するため、2° 視野の等色関数の方が 10° 視野の等色関数よりもその特性がほんの少しだけ長波長寄りになっています。≪※2≫
盲点
網膜上のある場所には、視細胞が全く存在しないスポット状の領域があります。網膜全体に分布する視細胞からの視神経繊維がここで束ねられて脳へ送り出され、また、網膜上の各種生体組織へ血液を供給する血管の出入り口にも当っています。視細胞が全く存在しないため、ここに結像された像は網膜では全く受信できず、この領域は視界の中で穴があいたように「何も見えない」のです。「盲点」と呼ばれる所以です。
しかし、私たちは日常生活で、視界の中に穴があいた様に見えることは無く、盲点を意識することはまずありません。これは何故なのでしょうか? (当然、カメラには「盲点」に相当する場所はありません。)簡単な実験をしてみましょう。
「 + 」マークと「 ● 」マークを 7 ~ 8 cm 程度の間隔で記した右上図のようなチャートを準備してください。そして、左眼を隠した状態で右図の「 + 」マークに右目の視線を当てて凝視した状態で、(腕の長さの範囲で)眼と図の距離を変えてみて下さい。距離が遠い時と、近い時には、図の「 ● 」マークは見えていますが、或る距離範囲では、「 ● 」マークが忽然と消えてしまうのが確認できると思います。
同じ距離で、2 番目のパターンに対して同様な実験をするとどうでしょう? 図では黒い太線が分断されているのに、先ほどの実験で「 ● 」が見えなくなった距離で、上下の太線が繋がって見えてしまいます。
今度は 3 番目の図で同様に実験するとどうでしょう。信じられないようなことが起こります。上下に分断されて少し横方向にずれた線が、まっすぐな上下一直線に見えてしまうことが解ると思います。
以上の実験で「 + 」マークを凝視するということは、「 + 」マークを眼底の中心窩に結像させることを意味します。つまり、結像レンズ(角膜および水晶体)中心と中心窩を結ぶ線が光軸になっています。この光軸に対して左右方向約 15 ~ 16° 傾いた鼻寄りの位置に盲点があります。上記の3つの実験は、「 ● 」や「太線の切れ目」の部分が光軸に対して約 15 ~ 16° 傾いた方向になるような距離になったとき、盲点上にその像が結像されるため、実像の情報が取得できないことが起こる訳です。盲点の周辺には視細胞が存在していますので、脳においてその周辺情報から、盲点の場所での情報を推定して「穴埋め」している訳です。3 番目のパターンでは、周辺情報からまさに「強引に」勝手に「過補正」していると言っても過言ではないようにも思います。 これは、カメラとは全く異なり、人間の眼の面白いというか素晴らしいところですね。≪※3≫
カメラの露光量調整と人の眼の感じる「明るさ」
カメラの場合は、撮影レンズの絞り値( F ナンバー)、露光時間(シャッター速度)および撮像素子/フイルムの感度( ISO 感度)の、基本的には 3 つの要素の組合せによって露光量が調整されます。被写体の最高輝度と最低輝度がうまく撮像素子/フイルムの濃度再現域(ラチチュード)範囲の中に収まるように光量(撮像面照度の時間積分値)を調節します。
例えば、絞りによって調整できる露光量範囲は、 F 2 ~ F 64(絞り段数 10 段階)であるとすれば、 210 ≒ 1000 倍程度、写真フイルムの場合、ISO 感度は最低 6 、最高 6400 ですから、約 1700 倍程度になります ≪※4≫。また、カメラはシャッターによって露光時間を制御できますが、眼にはこの機能はありません。カメラの場合、高速シャッター(例えば 1 / 4000 秒)から超スローシャッター(例えば 30 秒)までの 17 段階を考えると、シャッターだけで 217 倍になります。カメラではこれらの掛け算(上記例ではフイルムを固定した場合でも 210 × 217 = 227 ≒ 108 倍すなわち 1 億倍程度)の露光量範囲を制御できることになります。更に、バルブまで含めると理論的には無限大の露光量制御が可能です。
カメラの絞りに対応するのが眼の虹彩(虹彩の開口部が瞳孔)になります。瞳孔の大きさは眼の外から観察できますが、日中戸外などの明るい場所で直径 2 mm 程度、夜などの暗いところで直径 8 mm 程度まで変化します。眼の虹彩による露光量制御範囲は、瞳孔の直径比で 4 倍、従って面積比で 16 倍しかありません。従って眼の露光量制御は殆ど、生理的に視細胞の感度を変化させて対応していることになります。明るくなれば視細胞が鈍感に、暗くなれば視細胞の感度が敏感に変化します。通常の明るさから暗くなってくると、錐体の感度が敏感に変化してくるのですが、あるレベルを越して暗くなると錐体の感度はそれ以上追随できなくなってしまい、それより暗くなると、錐体に代わってより高感度の杆体が働くようになってきます。しかし杆体は 1 種類しかありませんので、この明るさの領域では、「色」は認識できず、明暗のみ(暗所視)となります。
杆体の感度変化は、非常に遅く、数分 ~ 十数分かかって最高感度に到達します。これを暗順応と呼んでいます。私たちの生活経験では、例えば、映画館に入った直後は真っ暗で何も見えないのに数分経つと徐々に眼が慣れてうっすらと周りの状況が見えてくる経験をした人も多いと思います。これに対して、錐体の感度変化は速く、概ね 1 秒程度以下です。映画館から明るい外へ出た瞬間には眩しくて一瞬周りが見えなくなりますが、じきに普通に周りが見えるようになります。これは、それまで高感度で働いていた杆体が明るい外光によって飽和してしまって眩しく感じるのですが、感度変化の速い錐体が正常に機能するようになるためです。
撮像素子/フイルムの感度は、ISO100 が基準で、被写体の状況や作画意図によって ISO400 、 ISO800 などの高感度、ISO50 、ISO25 などの低感度を使い分けます。これに対応するのが視細胞の(生理的)感度変化に相当します。なお、カメラのレンズキャップに対応するのは目蓋ですね。
機能 | 眼 | カメラ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
入射光 の遮断 |
目蓋 | シャッター & レンズ キャップ |
||||
結像 & ピント 調整 |
角膜 & 水晶体 |
角膜が眼球全体の3/4~2/3の屈折力をもつ。 水晶体の厚みを変えて1/4~1/3の屈折力範囲を可変調節 (オートフォーカス) |
撮影 レンズ |
レンズ位置を光軸方向前後に調節 | ||
受光 (撮像) |
網膜 | 眼底に球面状に配置 感度分布、分解能分布がある。 錐体は、黄斑部、中心窩に集中 杆体は、中心窩以外に広く分布 |
フィルム or 撮像 素子 |
通常は平面配置 感度分布、分解能が一様 基本は感度固定(銀塩写真)で使用 |
||
受光 出力の 調節 範囲 (露光 調節) |
虹彩 & 網膜 (感度) |
虹彩の直径 約 2 ~ 8 mm (面積比 1 :16 ) 視覚系の働く照度レンジ 103 ~ 105(オート露光) |
絞り & 露光 時間 |
絞り: ex. F2 ~ F64 の場合 210 ≒ 103 倍 露光時間: ex. 1 / 4000 ~ 30 秒の場合 217 ≒ 105 倍 絞り × 露光時間 :103 × 105 = 108 倍 |
注釈
≪※1≫
例外として、ピンホールカメラの場合には撮影レンズはありません。
≪※2≫ 2° 視野と 10° 視野
JIS Z 8701 : 1999に 2° 視野 と10° 視野における等色関数が規定されています。
≪※3≫ デジタルカメラの欠陥画素補正処理
本文においては、「カメラとは全く異なり・・・」という表現をしました。フィルムカメラ(銀塩カメラ)に関してはその通りなのですが、実際のデジタルカメラにおいては、人間の眼の盲点における信号処理をうまく応用しています。
デジタルカメラは、CCD や C-MOS などの撮像素子を搭載しています。これらの撮像素子は、最近では一千万以上にも及ぶ細かい画素から成っています。撮像素子を製造する場合、これら多数の画素の全てが正常に機能するのが理想ですが、様々な要因により、どうしても正常に機能しない画素(欠陥画素)が発生してしまうことがあります。その欠陥画素数によっては、品質的に写真として許容できない場合も出てきます。欠陥画素数の多いものは選別して廃棄すれば、カメラとしての品質は一応確保できますが、廃棄した分だけコストに跳ね返ってしまいます。そこで、(欠陥画素が多すぎる場合は別ですが)欠陥画素の周囲の正常な画素の出力信号を、例えば平均して欠陥画素の信号として扱うような処理をしてやれば、廃棄せずに済み、コストアップを抑えることができます。まさにこの処理は、人間の盲点における処理と共通していますね。
≪※4≫ カメラの露出制御値の系列と露光量の関係
カメラの露出を制御する露光時間(シャッター速度) T と絞り値( F ナンバー)は、下表のような系列になっています。絞り値は一見中途半端な数値になっていますが、これは F ナンバーが絞りの開口径との関係で定義されているからです。絞りの開口部を通過する光束は絞りの開口面積に比例しますから、露光量は F ナンバーの自乗に比例することになります。
つまり、 F ナンバーの自乗値と露光時間は、いずれも露光量が 2 の指数乗の関係で変化していく系列になっています。 F ナンバーあるいは露光時間が 露光増側に n 段階変わると、露光量が 2n だけ増加し、露光減側に n 段階変わると、露光量が 2-n に減少することになります。
露光時間 T (シャッター速度) [秒] |
・・・・・, 1 / 4000 , 1 / 2000 , 1/1000, 1 / 500 , 1 / 250 , 1 / 125 , 1 / 60 , 1 / 30 , 1 / 15 , 1 / 8 , 1 / 4 , 1 / 2 , 1 , 2 , 4 , ・・・・・ |
---|---|
絞り値 ( F ナンバー) | 1 , 1.4 , 2 , 2.8 , 4 , 5.6 , 8 , 11 , 15 , 22 , 30 , 45 , 60 , 90 , ・・・・・ |
光と色の話 第一部
第24回 人の眼 と 器械(カメラ)の眼(その1)
・・・・・ 類似点 と 相違点 ・・・・・
はじめに
私たちは、日常生活で何の不思議も無く、自然に視覚から得る情報を活用して生活していますが、実際にはどのようにして身の周りの世界を画像情報として得ているのでしょうか?
ヒトの眼の働きについては、カメラとの比較で説明されることが多いようです。一言で言えば、眼もカメラも共に結像光学系を備えた撮像装置であるということもでき、基本的な構成は共通していると言えます。
しかし、詳細に見れば異なっているところも数多くあります。人間の眼は、なるほどよく出来ていると感心するところもありますし、また逆に、カメラにはとても敵わないところもあります。私たちの日常体験に照らし合わせながら読んでいただけたらと思います。
結像光学系(撮影レンズ と 角膜・水晶体)
カメラの場合は、通常は撮影レンズによって被写体の倒立像が撮像面(フイルムあるいは撮像素子)面上に結像されます≪※1≫。この撮影レンズは、一般には複数枚のレンズから成っており、全体としては凸レンズとして機能しますので、撮像面では倒立像となります。眼の場合は、角膜と水晶体によって凸レンズ系が構成され、視界が網膜上に倒立像として結像されます。つまり、眼の角膜と水晶体の組合せがカメラの撮影レンズの機能に対応しており、結像光学系としての基本構成は共通しています。なお、網膜上での結像は倒立像になっているのですが、私たちが見る世界は上下逆転して見えるわけではなく正立像として見えています。これは、網膜から脳へ伝達された情報が脳で正立像として上下変換されて解釈されているからです。
焦点調節については、カメラと眼ではやり方が異なっています。カメラの場合は、撮影レンズを光軸方向に沿って前後に平行移動させることによって撮像面上にピントを合わせるようになっています。これに対して、眼の場合は、水晶体の厚みを変えて凸レンズとしての屈折力を調節することで網膜上にピントを合わせています。
角膜と水晶体の組合せで眼球の凸レンズ系を構成していますが、その屈折力の 3 / 4 ~ 2 / 3 程度を角膜が、1 / 4 ~ 1 / 3 程度を水晶体が担っています。角膜の形状は変化することがなく、近くを見る時は水晶体中心部の厚みが厚くなり、遠くを見る時は水晶体中心部の厚みが薄くなって、ピントを微調整している訳です。
撮像面(撮像素子と網膜)
カメラの場合は、撮像面に撮像素子あるいはフイルムが配置されます。撮像面は通常は平面になっており、撮像素子もフイルムも、撮像面全体に亘ってその感度や分解能は一様に作られています。
眼において、カメラの撮像素子やフイルムに対応するのが、球面状の眼底に広がる網膜です。網膜には、各種の視細胞(錐体、杆体)が分布しているのですが、その分布密度は一様ではありません。特に錐体の分布は極端で、網膜の中央部(眼の光軸上)の中心窩とよばれる部位に局所的に集中分布しており、その他の部位にはうっすらと分布しているに過ぎません。一方、杆体の分布は、中心窩には分布せず、それ以外の眼底部位に広く分布しています。
錐体が集中分布している中心窩付近は、感度が高く分解能も高くなっており、色の識別能力も高くなっています。私たちが本を読んだり、細かい作業をする時、その場所に視線を集中させますが、これは視線を集中した場所の像を、無意識の内に最も撮像性能の高い中心窩付近に結像させている訳です。例えば視線方向を正面方向に固定した状態で、視界の周辺に置いた本の文字を読むことは極めて困難です。この状態では本の文字が網膜上の中心窩から遠く離れた位置に結像しており、その部位には錐体がまばらにしか分布していないため、文字が存在することは分かっても充分解像度の高い像としては捉えきれないのです。
また、錐体が集中分布している中心窩とその近傍は、局所的に黄色く色づいた斑点のように見えることから、黄斑と呼ばれています。錐体は眼の視力や色覚の機能において、極めて重要な役割を果たしていますので、錐体を覆う膜が黄色く着色された黄斑は外界から入射してくる光から錐体を保護する役割を果たしていると考えられています。本連載の第 2 回でお話しましたように、光の波長が短い程、光子としての物理エネルギーは大きくなりますので、錐体に与えるストレスも大きくなります。一方、生体組織が黄色く見えるということは、その組織の分光透過率が可視域の短波長域の透過率が低く、中・長波長域の透過率が高いということです。つまり、錐体の密集エリアを覆う黄色い生体組織は短波長側を抑制するフィルタとして機能し、感度の高い錐体群を保護している訳です。
従って、黄斑部に存在する錐体とそれ以外の部分に存在する錐体とでは、総合的な分光応答度には差異が存在することになります。
一般に私たち人間の色覚において、視角の大小によって微妙に認識する色が若干異なることが知られており、これを「面積効果」と呼んでいます。このために、色を評価する等色関数が、2° 視野と 10° 視野の二つの規格が定められています。 2° 視野は主として黄斑部に結像するのに対し、 10° 視野は黄斑部以外のエリアにも広く結像するため、2° 視野の等色関数の方が 10° 視野の等色関数よりもその特性がほんの少しだけ長波長寄りになっています。≪※2≫
盲点
網膜上のある場所には、視細胞が全く存在しないスポット状の領域があります。網膜全体に分布する視細胞からの視神経繊維がここで束ねられて脳へ送り出され、また、網膜上の各種生体組織へ血液を供給する血管の出入り口にも当っています。視細胞が全く存在しないため、ここに結像された像は網膜では全く受信できず、この領域は視界の中で穴があいたように「何も見えない」のです。「盲点」と呼ばれる所以です。
しかし、私たちは日常生活で、視界の中に穴があいた様に見えることは無く、盲点を意識することはまずありません。これは何故なのでしょうか? (当然、カメラには「盲点」に相当する場所はありません。)簡単な実験をしてみましょう。
「 + 」マークと「 ● 」マークを 7 ~ 8 cm 程度の間隔で記した右上図のようなチャートを準備してください。そして、左眼を隠した状態で右図の「 + 」マークに右目の視線を当てて凝視した状態で、(腕の長さの範囲で)眼と図の距離を変えてみて下さい。距離が遠い時と、近い時には、図の「 ● 」マークは見えていますが、或る距離範囲では、「 ● 」マークが忽然と消えてしまうのが確認できると思います。
同じ距離で、2 番目のパターンに対して同様な実験をするとどうでしょう? 図では黒い太線が分断されているのに、先ほどの実験で「 ● 」が見えなくなった距離で、上下の太線が繋がって見えてしまいます。
今度は 3 番目の図で同様に実験するとどうでしょう。信じられないようなことが起こります。上下に分断されて少し横方向にずれた線が、まっすぐな上下一直線に見えてしまうことが解ると思います。
以上の実験で「 + 」マークを凝視するということは、「 + 」マークを眼底の中心窩に結像させることを意味します。つまり、結像レンズ(角膜および水晶体)中心と中心窩を結ぶ線が光軸になっています。この光軸に対して左右方向約 15 ~ 16° 傾いた鼻寄りの位置に盲点があります。上記の3つの実験は、「 ● 」や「太線の切れ目」の部分が光軸に対して約 15 ~ 16° 傾いた方向になるような距離になったとき、盲点上にその像が結像されるため、実像の情報が取得できないことが起こる訳です。盲点の周辺には視細胞が存在していますので、脳においてその周辺情報から、盲点の場所での情報を推定して「穴埋め」している訳です。3 番目のパターンでは、周辺情報からまさに「強引に」勝手に「過補正」していると言っても過言ではないようにも思います。 これは、カメラとは全く異なり、人間の眼の面白いというか素晴らしいところですね。≪※3≫
カメラの露光量調整と人の眼の感じる「明るさ」
カメラの場合は、撮影レンズの絞り値( F ナンバー)、露光時間(シャッター速度)および撮像素子/フイルムの感度( ISO 感度)の、基本的には 3 つの要素の組合せによって露光量が調整されます。被写体の最高輝度と最低輝度がうまく撮像素子/フイルムの濃度再現域(ラチチュード)範囲の中に収まるように光量(撮像面照度の時間積分値)を調節します。
例えば、絞りによって調整できる露光量範囲は、 F 2 ~ F 64(絞り段数 10 段階)であるとすれば、 210 ≒ 1000 倍程度、写真フイルムの場合、ISO 感度は最低 6 、最高 6400 ですから、約 1700 倍程度になります ≪※4≫。また、カメラはシャッターによって露光時間を制御できますが、眼にはこの機能はありません。カメラの場合、高速シャッター(例えば 1 / 4000 秒)から超スローシャッター(例えば 30 秒)までの 17 段階を考えると、シャッターだけで 217 倍になります。カメラではこれらの掛け算(上記例ではフイルムを固定した場合でも 210 × 217 = 227 ≒ 108 倍すなわち 1 億倍程度)の露光量範囲を制御できることになります。更に、バルブまで含めると理論的には無限大の露光量制御が可能です。
カメラの絞りに対応するのが眼の虹彩(虹彩の開口部が瞳孔)になります。瞳孔の大きさは眼の外から観察できますが、日中戸外などの明るい場所で直径 2 mm 程度、夜などの暗いところで直径 8 mm 程度まで変化します。眼の虹彩による露光量制御範囲は、瞳孔の直径比で 4 倍、従って面積比で 16 倍しかありません。従って眼の露光量制御は殆ど、生理的に視細胞の感度を変化させて対応していることになります。明るくなれば視細胞が鈍感に、暗くなれば視細胞の感度が敏感に変化します。通常の明るさから暗くなってくると、錐体の感度が敏感に変化してくるのですが、あるレベルを越して暗くなると錐体の感度はそれ以上追随できなくなってしまい、それより暗くなると、錐体に代わってより高感度の杆体が働くようになってきます。しかし杆体は 1 種類しかありませんので、この明るさの領域では、「色」は認識できず、明暗のみ(暗所視)となります。
杆体の感度変化は、非常に遅く、数分 ~ 十数分かかって最高感度に到達します。これを暗順応と呼んでいます。私たちの生活経験では、例えば、映画館に入った直後は真っ暗で何も見えないのに数分経つと徐々に眼が慣れてうっすらと周りの状況が見えてくる経験をした人も多いと思います。これに対して、錐体の感度変化は速く、概ね 1 秒程度以下です。映画館から明るい外へ出た瞬間には眩しくて一瞬周りが見えなくなりますが、じきに普通に周りが見えるようになります。これは、それまで高感度で働いていた杆体が明るい外光によって飽和してしまって眩しく感じるのですが、感度変化の速い錐体が正常に機能するようになるためです。
撮像素子/フイルムの感度は、ISO100 が基準で、被写体の状況や作画意図によって ISO400 、 ISO800 などの高感度、ISO50 、ISO25 などの低感度を使い分けます。これに対応するのが視細胞の(生理的)感度変化に相当します。なお、カメラのレンズキャップに対応するのは目蓋ですね。
機能 | 眼 | カメラ | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
入射光 の遮断 |
目蓋 | シャッター & レンズ キャップ |
||||
結像 & ピント 調整 |
角膜 & 水晶体 |
角膜が眼球全体の3/4~2/3の屈折力をもつ。 水晶体の厚みを変えて1/4~1/3の屈折力範囲を可変調節 (オートフォーカス) |
撮影 レンズ |
レンズ位置を光軸方向前後に調節 | ||
受光 (撮像) |
網膜 | 眼底に球面状に配置 感度分布、分解能分布がある。 錐体は、黄斑部、中心窩に集中 杆体は、中心窩以外に広く分布 |
フィルム or 撮像 素子 |
通常は平面配置 感度分布、分解能が一様 基本は感度固定(銀塩写真)で使用 |
||
受光 出力の 調節 範囲 (露光 調節) |
虹彩 & 網膜 (感度) |
虹彩の直径 約 2 ~ 8 mm (面積比 1 :16 ) 視覚系の働く照度レンジ 103 ~ 105(オート露光) |
絞り & 露光 時間 |
絞り: ex. F2 ~ F64 の場合 210 ≒ 103 倍 露光時間: ex. 1 / 4000 ~ 30 秒の場合 217 ≒ 105 倍 絞り × 露光時間 :103 × 105 = 108 倍 |
注釈
≪※1≫
例外として、ピンホールカメラの場合には撮影レンズはありません。
≪※2≫ 2° 視野と 10° 視野
JIS Z 8701 : 1999に 2° 視野 と10° 視野における等色関数が規定されています。
≪※3≫ デジタルカメラの欠陥画素補正処理
本文においては、「カメラとは全く異なり・・・」という表現をしました。フィルムカメラ(銀塩カメラ)に関してはその通りなのですが、実際のデジタルカメラにおいては、人間の眼の盲点における信号処理をうまく応用しています。
デジタルカメラは、CCD や C-MOS などの撮像素子を搭載しています。これらの撮像素子は、最近では一千万以上にも及ぶ細かい画素から成っています。撮像素子を製造する場合、これら多数の画素の全てが正常に機能するのが理想ですが、様々な要因により、どうしても正常に機能しない画素(欠陥画素)が発生してしまうことがあります。その欠陥画素数によっては、品質的に写真として許容できない場合も出てきます。欠陥画素数の多いものは選別して廃棄すれば、カメラとしての品質は一応確保できますが、廃棄した分だけコストに跳ね返ってしまいます。そこで、(欠陥画素が多すぎる場合は別ですが)欠陥画素の周囲の正常な画素の出力信号を、例えば平均して欠陥画素の信号として扱うような処理をしてやれば、廃棄せずに済み、コストアップを抑えることができます。まさにこの処理は、人間の盲点における処理と共通していますね。
≪※4≫ カメラの露出制御値の系列と露光量の関係
カメラの露出を制御する露光時間(シャッター速度) T と絞り値( F ナンバー)は、下表のような系列になっています。絞り値は一見中途半端な数値になっていますが、これは F ナンバーが絞りの開口径との関係で定義されているからです。絞りの開口部を通過する光束は絞りの開口面積に比例しますから、露光量は F ナンバーの自乗に比例することになります。
つまり、 F ナンバーの自乗値と露光時間は、いずれも露光量が 2 の指数乗の関係で変化していく系列になっています。 F ナンバーあるいは露光時間が 露光増側に n 段階変わると、露光量が 2n だけ増加し、露光減側に n 段階変わると、露光量が 2-n に減少することになります。
露光時間 T (シャッター速度) [秒] |
・・・・・, 1 / 4000 , 1 / 2000 , 1/1000, 1 / 500 , 1 / 250 , 1 / 125 , 1 / 60 , 1 / 30 , 1 / 15 , 1 / 8 , 1 / 4 , 1 / 2 , 1 , 2 , 4 , ・・・・・ |
---|---|
絞り値 ( F ナンバー) | 1 , 1.4 , 2 , 2.8 , 4 , 5.6 , 8 , 11 , 15 , 22 , 30 , 45 , 60 , 90 , ・・・・・ |