光と色の話 第一部
第15回 「色」に対する「視覚」特性の要素(その2)
・・・・・ 色覚の個人差と色覚異常 ・・・・・
はじめに
前回は、物体色の三要素(光源、物体、視覚)の内、「視覚」の要素について説明しました。「視覚」によっても「色」が変わるというのは、同じ条件下でも人によって「色の感じ方」が微妙に異なる場合がある、という事実からある程度わかります。そのために、色を客観的・定量的に論じるためには視覚の要素を固定して考える、すなわち、標準観測者というものを設定することが行われている訳です。
私たちが感じる「色」が視覚の要素によっても左右されるというのは、理屈としては何となく理解できても、実感としてはなかなかあまりピンと来ないものです。しかし、この世の中には、色覚異常≪※1≫をもつ人達が思いのほか多数存在しています。これらの人達の色覚特性のことを知れば、「視覚」によっても「色」が左右されるということがより具体的に理解できます。
色覚の仕組み
本連載第 11 回でお話しましたように、ヒトは、網膜上に分布した 3 種の錐体と呼ばれる視細胞が受ける刺激によって色を認識しています。L 、M 、S という 3 種の錐体は、それぞれ可視域の長波長域、中波長域、短波長域に主たる感度をもっていて、網膜に入射する光によってそれぞれの錐体が光刺激を受けます。その刺激の強さが視神経を通じて脳に伝えられ、脳がそれらの信号間の強度比から色を認識していると考えられています。
色覚の個人差 と 色覚異常
これらの錐体( L 、M 、S )の感度特性については、厳密に調べると個人個人によって微妙に異なっていることが多いようですが、多数の人たちについては、現実の生活面で問題になるような大きな差異はありません。従って、通常は、二人の人( A さんと B さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ると、二人ともほぼ同じような「赤」を認識しています。(ただ厳密に全く同じ「赤」を感じているかどうかは確認のしようがありません。)
しかし、中には錐体の感度特性が多数派の人たちとかなり異なった人たちがいます。この人たちは、眼に入射する光からの刺激の受け方が多数派の人たちと異なるため、異なった色の見え方をしていることになります。二人の人( A さんと C さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ていても、 C さんは A さんが認識している「赤」とは異なった色を認識しているという場合がある訳です。このような色覚を、色覚異常と称しています。
色覚異常の原因
この色覚異常(錐体の感度特性の差異)の原因については、大きく分けて先天性のものと後天性のものに分けられます。先天性のものは遺伝的要因であって、多数派と異なる特性をもつ錐体の種類やその感度の違いの程度によって見分けることのできない色の組み合わせや見え方の程度が異なってきます。(誤解されることが多いのですが、先天色覚異常は決して病気ではありません。)
後天色覚異常の要因としては、白内障(加齢による水晶体の着色)、網膜病変や緑内障、視神経病変、等々が知られています。
先天色覚異常は幾つかのタイプに分類されますが、いずれも何らかの原因により、 3 種の錐体の内のどれか 1 種または複数種の特性が、波長感度的にずれていたり、感度が低かったり、極端な場合はその錐体自体を持たないことに起因します。色を認識する為のセンサーである錐体の特性が異なれば、当然眼に入射する光からの刺激の受け方が異なり、視神経を通じて脳に送られる刺激信号も異なってきますので、その結果、脳で認識する色も変わってくる、ということになります。
色覚タイプの分類
先ず、色覚に関する視細胞(錐体)を何種類持っているかによって、三色覚、二色覚、一色覚に分けられます。
また、色覚の異常の原因となるのがどの視細胞にあるのか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。 1 型は L 錐体の、 2 型は M 錐体の、 3 型は S 錐体の特性が、多数派(健常三色覚)に対して、感度が異なっている、あるいはその錐体自体を持たない場合に対応します。
実際に生じる色覚異常は、上記の 2 つの観点からの分類の組合せになる訳で、この組合せを表わしたものが下の表になります。
三色覚
三色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体が揃っている場合です。大多数の人(健常三色覚)は、3 種の錐体が揃っており、それらの錐体は通常の感度特性を持っています。
3 種の錐体が揃ってはいても、どれかの錐体の感度がずれていたり低かったりしている場合は色覚異常(異常三色覚)となります。例えばそれが M 錐体である場合には、「 2 型三色覚」と呼びます。(三色覚者における色覚異常を、従来は「色弱」と称していました。)
二色覚
二色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体の内、どれか 1 種の錐体を持たず、 2 種の錐体だけで「色」を認識している場合です。
この場合も存在しない錐体がどれであるか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。例えば L 錐体が存在しない場合、「 1 型二色覚」と呼びます。(二色覚者のことを従来は「色盲」と称していました。)
一色覚
また一色覚は、3 種錐体の内 2 種を持たず 1 種の錐体だけしか機能しない場合(錐体一色覚)、および、全く錐体を持たず、杆体しか機能しない場合(杆体一色覚)です。機能する視細胞が 1 種しかありませんので、「色」を認識することはできず、明暗のみの認識になります。(一色覚を従来は、「全色盲」と称していました。)
色覚異常をもつ人の色の見え方 (シミュレーション例)
色覚異常者が見ているシーンが、実際にどのような色に見えているのかは、確認がなかなか難しいのですが、これまでの様々な色覚の研究から、今日ではおおよその見え方が推定できるようになっています。
下は、色覚シミュレーションソフト≪※2≫によって、多数派(健常三色覚者)の見え方と、色覚異常者の見え方の違いをシミュレーションした結果の一例です。この例は、最も発現頻度の多い 2 型二色覚の場合です。
上述しましたように、色覚異常は多くのタイプがあり、また、視細胞の感度の差異の程度によって、その見え方は様々ですので、このシミュレーションはあくまでも一例としてご理解下さい。三色覚の色覚異常(従来の表現では「色弱」)の場合は、健常三色覚者の錐体特性に近いもの(軽度の「色弱」)から、二色覚に近いもの(重度の「色弱」)まで、様々なレベルが存在します。
二色覚における混同色
一色覚の場合は、「色」は認識できず、明暗のみの世界になってしまいますが、二色覚の場合は「色」は見えています。しかし、特定の色の組合せについては色の区別ができません。この、「区別できない色の組合せ」のことを「混同色」といいます。
1 型二色覚の場合
L 錐体を持たないことから、xy 色度図≪※3≫で「混同色線」と呼ばれる直線上にある色同士の区別がつきません。混同色線は混同色中心と呼ばれる 1 点で交わります。図では混同色線を 3 本例示していますが、実際には、混同色中心を通る全ての直線が混同色線として存在します。
ある 1 本の混同色線上の色に対する錐体応答量は、S 錐体、M 錐体の応答量は変化せず、L 錐体の応答量だけが変化するのですが、その L 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつかない訳です。
2 型二色覚の場合
M 錐体を持たないので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、S 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、M 錐体の応答量だけが変化するのですが、その M 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
3 型二色覚の場合
S 錐体を持ちませんので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、M 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、S 錐体の応答量だけが変化するのですが、その S 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
まとめ
以上の説明から、「物体色の三要素」の内、「視覚」によっても認識される「色」が変わることが、より具体的にお分かりいただけたのではないかと思います。先天色覚異常は、伴性劣勢遺伝によるため、男性に多く現れ、女性の場合は遺伝子を持って(保因者)いても、表に現れることは稀です≪※4≫。この人たちにとっては、色の組合せ方によっては非常に見づらいことになってしまいますので、必要とする情報がうまく伝わらない、といった問題も出てきます。色々な色覚タイプの特性を考慮することによって、色覚異常者にもわかりやすい色使い(カラーユニバーサルデザイン)が求められています。
今回は、ヒューマンビジョン(人間の視覚)特有の話になりましたが、マシンビジョンの視点から見れば、これはカメラの感度特性の違いに対応していると言ってもよいでしょう。カメラのメーカーや機種が異なれば、撮像素子の分光感度も異なる場合が多くあります。また、同じ機種であっても、複数台のカメラを比較すれば微妙に感度特性がばらついていることはよくあることです。撮像素子の感度特性が異なれば、同じモノを同じ光で照明して撮影しても撮像結果は違ってきます。つまり、器械の眼(撮像素子など)の感度特性の違いが人間の眼の視細胞(錐体)感度の個人差に対応すると考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
注釈
≪※1≫ 色覚関連用語について
人間の色覚特性にはバラツキがあり、中には色の見え方が多くの人とかなり様相の異なる人たちが存在します。この人たちのことを、従来は、「色盲」、「色弱」、と表現していました。特に、「色盲」という用語は、その漢字の意味から、「色が見えない」と誤解されることも多く、さらに深刻な社会的差別(進学、就職、結婚など)に繋がることも多々あり、用語として不適切である、との指摘がなされてきました。
「色盲」、「色弱」の代わりに、「色覚障害」、「色覚ハンディキャップ」、などの用語が使われることもありますが、本連載での色覚関連用語は 2007 年に日本眼科学会で規定された用語(http://jams.med.or.jp/dic/colorvision.html参照)に基くことにします。(ただし、従来使用されてきた上記用語も、関係がわかるように参考的に使用する部分もあります。)
≪※2≫ 色覚シミュレーションソフト
本例は、東洋インキ株式会社製の色覚シミュレーションソフト( UDing シミュレーター)によるものです。
≪※3≫ xy 色度図
人間の色覚特性に基いて加法混色の理論から構築された表色系(CIE XYZ 表色系)における色の座標表示で、国際照明委員会( CIE )で規定されたものです。測色標準観測者が認識する全ての色の色相と彩度に相当する色情報が、この「馬蹄形」の領域に( x , y )の座標数値で表示されます。(なお明度については Y 値で表わされます。)
≪※4≫ 先天色覚異常者の数
先天色覚異常の人はどの位いるのでしょうか?これらの色覚異常者は、自分からそのことを表に出さないことが多いものですから、あまり目立ちません。しかし、実際には身の周りに意外に多くの色覚異常者が存在しています。
人間の性を決める染色体は性染色体と呼ばれ、 X と Y の 2 つの型の染色体の組み合わせで性が決定されます。男性は XY 、女性は XX の構成になります。
先天色覚異常の遺伝因子は X 染色体に乗ってきますが、伴性劣性遺伝の性質をもっています。
男性は X が 1ヶ しかありませんので、色覚異常の遺伝因子を持っていれば必ず発症します。
女性の場合は X が 2ヶ ありますので、どちらかの X が因子を持っていても、別の X が因子を持っていなければ表に出ることはなく(保因者)、 2ヶ の X が両方共因子を持っているときのみ表に出てきますので、男性に比べて非常に稀です。
色覚異常の発生頻度は人種によって異なりますが、総じて言えば全世界で 2 億人程度いると言われており、これは AB 型の血液型の人数と同程度と考えられます。
日本人の場合、程度はともかくとして、色覚異常者は男性で約 5 % 、女性で約 0.2 % と言われていますので、日本全体で 320 万人程度いることになり、これは静岡県の全人口にほぼ匹敵します。最近の小学校では 1 学級 30 ~ 40 人前後ということですので、統計的には各学級に 1 人程度は居ることになります。
光と色の話 第一部
第15回 「色」に対する「視覚」特性の要素(その2)
・・・・・ 色覚の個人差と色覚異常 ・・・・・
はじめに
前回は、物体色の三要素(光源、物体、視覚)の内、「視覚」の要素について説明しました。「視覚」によっても「色」が変わるというのは、同じ条件下でも人によって「色の感じ方」が微妙に異なる場合がある、という事実からある程度わかります。そのために、色を客観的・定量的に論じるためには視覚の要素を固定して考える、すなわち、標準観測者というものを設定することが行われている訳です。
私たちが感じる「色」が視覚の要素によっても左右されるというのは、理屈としては何となく理解できても、実感としてはなかなかあまりピンと来ないものです。しかし、この世の中には、色覚異常≪※1≫をもつ人達が思いのほか多数存在しています。これらの人達の色覚特性のことを知れば、「視覚」によっても「色」が左右されるということがより具体的に理解できます。
色覚の仕組み
本連載第 11 回でお話しましたように、ヒトは、網膜上に分布した 3 種の錐体と呼ばれる視細胞が受ける刺激によって色を認識しています。L 、M 、S という 3 種の錐体は、それぞれ可視域の長波長域、中波長域、短波長域に主たる感度をもっていて、網膜に入射する光によってそれぞれの錐体が光刺激を受けます。その刺激の強さが視神経を通じて脳に伝えられ、脳がそれらの信号間の強度比から色を認識していると考えられています。
色覚の個人差 と 色覚異常
これらの錐体( L 、M 、S )の感度特性については、厳密に調べると個人個人によって微妙に異なっていることが多いようですが、多数の人たちについては、現実の生活面で問題になるような大きな差異はありません。従って、通常は、二人の人( A さんと B さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ると、二人ともほぼ同じような「赤」を認識しています。(ただ厳密に全く同じ「赤」を感じているかどうかは確認のしようがありません。)
しかし、中には錐体の感度特性が多数派の人たちとかなり異なった人たちがいます。この人たちは、眼に入射する光からの刺激の受け方が多数派の人たちと異なるため、異なった色の見え方をしていることになります。二人の人( A さんと C さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ていても、 C さんは A さんが認識している「赤」とは異なった色を認識しているという場合がある訳です。このような色覚を、色覚異常と称しています。
色覚異常の原因
この色覚異常(錐体の感度特性の差異)の原因については、大きく分けて先天性のものと後天性のものに分けられます。先天性のものは遺伝的要因であって、多数派と異なる特性をもつ錐体の種類やその感度の違いの程度によって見分けることのできない色の組み合わせや見え方の程度が異なってきます。(誤解されることが多いのですが、先天色覚異常は決して病気ではありません。)
後天色覚異常の要因としては、白内障(加齢による水晶体の着色)、網膜病変や緑内障、視神経病変、等々が知られています。
先天色覚異常は幾つかのタイプに分類されますが、いずれも何らかの原因により、 3 種の錐体の内のどれか 1 種または複数種の特性が、波長感度的にずれていたり、感度が低かったり、極端な場合はその錐体自体を持たないことに起因します。色を認識する為のセンサーである錐体の特性が異なれば、当然眼に入射する光からの刺激の受け方が異なり、視神経を通じて脳に送られる刺激信号も異なってきますので、その結果、脳で認識する色も変わってくる、ということになります。
色覚タイプの分類
先ず、色覚に関する視細胞(錐体)を何種類持っているかによって、三色覚、二色覚、一色覚に分けられます。
また、色覚の異常の原因となるのがどの視細胞にあるのか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。 1 型は L 錐体の、 2 型は M 錐体の、 3 型は S 錐体の特性が、多数派(健常三色覚)に対して、感度が異なっている、あるいはその錐体自体を持たない場合に対応します。
実際に生じる色覚異常は、上記の 2 つの観点からの分類の組合せになる訳で、この組合せを表わしたものが下の表になります。
三色覚
三色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体が揃っている場合です。大多数の人(健常三色覚)は、3 種の錐体が揃っており、それらの錐体は通常の感度特性を持っています。
3 種の錐体が揃ってはいても、どれかの錐体の感度がずれていたり低かったりしている場合は色覚異常(異常三色覚)となります。例えばそれが M 錐体である場合には、「 2 型三色覚」と呼びます。(三色覚者における色覚異常を、従来は「色弱」と称していました。)
二色覚
二色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体の内、どれか 1 種の錐体を持たず、 2 種の錐体だけで「色」を認識している場合です。
この場合も存在しない錐体がどれであるか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。例えば L 錐体が存在しない場合、「 1 型二色覚」と呼びます。(二色覚者のことを従来は「色盲」と称していました。)
一色覚
また一色覚は、3 種錐体の内 2 種を持たず 1 種の錐体だけしか機能しない場合(錐体一色覚)、および、全く錐体を持たず、杆体しか機能しない場合(杆体一色覚)です。機能する視細胞が 1 種しかありませんので、「色」を認識することはできず、明暗のみの認識になります。(一色覚を従来は、「全色盲」と称していました。)
色覚異常をもつ人の色の見え方 (シミュレーション例)
色覚異常者が見ているシーンが、実際にどのような色に見えているのかは、確認がなかなか難しいのですが、これまでの様々な色覚の研究から、今日ではおおよその見え方が推定できるようになっています。
下は、色覚シミュレーションソフト≪※2≫によって、多数派(健常三色覚者)の見え方と、色覚異常者の見え方の違いをシミュレーションした結果の一例です。この例は、最も発現頻度の多い 2 型二色覚の場合です。
上述しましたように、色覚異常は多くのタイプがあり、また、視細胞の感度の差異の程度によって、その見え方は様々ですので、このシミュレーションはあくまでも一例としてご理解下さい。三色覚の色覚異常(従来の表現では「色弱」)の場合は、健常三色覚者の錐体特性に近いもの(軽度の「色弱」)から、二色覚に近いもの(重度の「色弱」)まで、様々なレベルが存在します。
二色覚における混同色
一色覚の場合は、「色」は認識できず、明暗のみの世界になってしまいますが、二色覚の場合は「色」は見えています。しかし、特定の色の組合せについては色の区別ができません。この、「区別できない色の組合せ」のことを「混同色」といいます。
1 型二色覚の場合
L 錐体を持たないことから、xy 色度図≪※3≫で「混同色線」と呼ばれる直線上にある色同士の区別がつきません。混同色線は混同色中心と呼ばれる 1 点で交わります。図では混同色線を 3 本例示していますが、実際には、混同色中心を通る全ての直線が混同色線として存在します。
ある 1 本の混同色線上の色に対する錐体応答量は、S 錐体、M 錐体の応答量は変化せず、L 錐体の応答量だけが変化するのですが、その L 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつかない訳です。
2 型二色覚の場合
M 錐体を持たないので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、S 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、M 錐体の応答量だけが変化するのですが、その M 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
3 型二色覚の場合
S 錐体を持ちませんので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、M 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、S 錐体の応答量だけが変化するのですが、その S 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
まとめ
以上の説明から、「物体色の三要素」の内、「視覚」によっても認識される「色」が変わることが、より具体的にお分かりいただけたのではないかと思います。先天色覚異常は、伴性劣勢遺伝によるため、男性に多く現れ、女性の場合は遺伝子を持って(保因者)いても、表に現れることは稀です≪※4≫。この人たちにとっては、色の組合せ方によっては非常に見づらいことになってしまいますので、必要とする情報がうまく伝わらない、といった問題も出てきます。色々な色覚タイプの特性を考慮することによって、色覚異常者にもわかりやすい色使い(カラーユニバーサルデザイン)が求められています。
今回は、ヒューマンビジョン(人間の視覚)特有の話になりましたが、マシンビジョンの視点から見れば、これはカメラの感度特性の違いに対応していると言ってもよいでしょう。カメラのメーカーや機種が異なれば、撮像素子の分光感度も異なる場合が多くあります。また、同じ機種であっても、複数台のカメラを比較すれば微妙に感度特性がばらついていることはよくあることです。撮像素子の感度特性が異なれば、同じモノを同じ光で照明して撮影しても撮像結果は違ってきます。つまり、器械の眼(撮像素子など)の感度特性の違いが人間の眼の視細胞(錐体)感度の個人差に対応すると考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
注釈
≪※1≫ 色覚関連用語について
人間の色覚特性にはバラツキがあり、中には色の見え方が多くの人とかなり様相の異なる人たちが存在します。この人たちのことを、従来は、「色盲」、「色弱」、と表現していました。特に、「色盲」という用語は、その漢字の意味から、「色が見えない」と誤解されることも多く、さらに深刻な社会的差別(進学、就職、結婚など)に繋がることも多々あり、用語として不適切である、との指摘がなされてきました。
「色盲」、「色弱」の代わりに、「色覚障害」、「色覚ハンディキャップ」、などの用語が使われることもありますが、本連載での色覚関連用語は 2007 年に日本眼科学会で規定された用語(http://jams.med.or.jp/dic/colorvision.html参照)に基くことにします。(ただし、従来使用されてきた上記用語も、関係がわかるように参考的に使用する部分もあります。)
≪※2≫ 色覚シミュレーションソフト
本例は、東洋インキ株式会社製の色覚シミュレーションソフト( UDing シミュレーター)によるものです。
≪※3≫ xy 色度図
人間の色覚特性に基いて加法混色の理論から構築された表色系(CIE XYZ 表色系)における色の座標表示で、国際照明委員会( CIE )で規定されたものです。測色標準観測者が認識する全ての色の色相と彩度に相当する色情報が、この「馬蹄形」の領域に( x , y )の座標数値で表示されます。(なお明度については Y 値で表わされます。)
≪※4≫ 先天色覚異常者の数
先天色覚異常の人はどの位いるのでしょうか?これらの色覚異常者は、自分からそのことを表に出さないことが多いものですから、あまり目立ちません。しかし、実際には身の周りに意外に多くの色覚異常者が存在しています。
人間の性を決める染色体は性染色体と呼ばれ、 X と Y の 2 つの型の染色体の組み合わせで性が決定されます。男性は XY 、女性は XX の構成になります。
先天色覚異常の遺伝因子は X 染色体に乗ってきますが、伴性劣性遺伝の性質をもっています。
男性は X が 1ヶ しかありませんので、色覚異常の遺伝因子を持っていれば必ず発症します。
女性の場合は X が 2ヶ ありますので、どちらかの X が因子を持っていても、別の X が因子を持っていなければ表に出ることはなく(保因者)、 2ヶ の X が両方共因子を持っているときのみ表に出てきますので、男性に比べて非常に稀です。
色覚異常の発生頻度は人種によって異なりますが、総じて言えば全世界で 2 億人程度いると言われており、これは AB 型の血液型の人数と同程度と考えられます。
日本人の場合、程度はともかくとして、色覚異常者は男性で約 5 % 、女性で約 0.2 % と言われていますので、日本全体で 320 万人程度いることになり、これは静岡県の全人口にほぼ匹敵します。最近の小学校では 1 学級 30 ~ 40 人前後ということですので、統計的には各学級に 1 人程度は居ることになります。
光と色の話 第一部
第15回 「色」に対する「視覚」特性の要素(その2)
・・・・・ 色覚の個人差と色覚異常 ・・・・・
はじめに
前回は、物体色の三要素(光源、物体、視覚)の内、「視覚」の要素について説明しました。「視覚」によっても「色」が変わるというのは、同じ条件下でも人によって「色の感じ方」が微妙に異なる場合がある、という事実からある程度わかります。そのために、色を客観的・定量的に論じるためには視覚の要素を固定して考える、すなわち、標準観測者というものを設定することが行われている訳です。
私たちが感じる「色」が視覚の要素によっても左右されるというのは、理屈としては何となく理解できても、実感としてはなかなかあまりピンと来ないものです。しかし、この世の中には、色覚異常≪※1≫をもつ人達が思いのほか多数存在しています。これらの人達の色覚特性のことを知れば、「視覚」によっても「色」が左右されるということがより具体的に理解できます。
色覚の仕組み
本連載第 11 回でお話しましたように、ヒトは、網膜上に分布した 3 種の錐体と呼ばれる視細胞が受ける刺激によって色を認識しています。L 、M 、S という 3 種の錐体は、それぞれ可視域の長波長域、中波長域、短波長域に主たる感度をもっていて、網膜に入射する光によってそれぞれの錐体が光刺激を受けます。その刺激の強さが視神経を通じて脳に伝えられ、脳がそれらの信号間の強度比から色を認識していると考えられています。
色覚の個人差 と 色覚異常
これらの錐体( L 、M 、S )の感度特性については、厳密に調べると個人個人によって微妙に異なっていることが多いようですが、多数の人たちについては、現実の生活面で問題になるような大きな差異はありません。従って、通常は、二人の人( A さんと B さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ると、二人ともほぼ同じような「赤」を認識しています。(ただ厳密に全く同じ「赤」を感じているかどうかは確認のしようがありません。)
しかし、中には錐体の感度特性が多数派の人たちとかなり異なった人たちがいます。この人たちは、眼に入射する光からの刺激の受け方が多数派の人たちと異なるため、異なった色の見え方をしていることになります。二人の人( A さんと C さん)が同じ「赤いイチゴ」を見ていても、 C さんは A さんが認識している「赤」とは異なった色を認識しているという場合がある訳です。このような色覚を、色覚異常と称しています。
色覚異常の原因
この色覚異常(錐体の感度特性の差異)の原因については、大きく分けて先天性のものと後天性のものに分けられます。先天性のものは遺伝的要因であって、多数派と異なる特性をもつ錐体の種類やその感度の違いの程度によって見分けることのできない色の組み合わせや見え方の程度が異なってきます。(誤解されることが多いのですが、先天色覚異常は決して病気ではありません。)
後天色覚異常の要因としては、白内障(加齢による水晶体の着色)、網膜病変や緑内障、視神経病変、等々が知られています。
先天色覚異常は幾つかのタイプに分類されますが、いずれも何らかの原因により、 3 種の錐体の内のどれか 1 種または複数種の特性が、波長感度的にずれていたり、感度が低かったり、極端な場合はその錐体自体を持たないことに起因します。色を認識する為のセンサーである錐体の特性が異なれば、当然眼に入射する光からの刺激の受け方が異なり、視神経を通じて脳に送られる刺激信号も異なってきますので、その結果、脳で認識する色も変わってくる、ということになります。
色覚タイプの分類
先ず、色覚に関する視細胞(錐体)を何種類持っているかによって、三色覚、二色覚、一色覚に分けられます。
また、色覚の異常の原因となるのがどの視細胞にあるのか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。 1 型は L 錐体の、 2 型は M 錐体の、 3 型は S 錐体の特性が、多数派(健常三色覚)に対して、感度が異なっている、あるいはその錐体自体を持たない場合に対応します。
実際に生じる色覚異常は、上記の 2 つの観点からの分類の組合せになる訳で、この組合せを表わしたものが下の表になります。
三色覚
三色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体が揃っている場合です。大多数の人(健常三色覚)は、3 種の錐体が揃っており、それらの錐体は通常の感度特性を持っています。
3 種の錐体が揃ってはいても、どれかの錐体の感度がずれていたり低かったりしている場合は色覚異常(異常三色覚)となります。例えばそれが M 錐体である場合には、「 2 型三色覚」と呼びます。(三色覚者における色覚異常を、従来は「色弱」と称していました。)
二色覚
二色覚は、 L 、M 、S の 3 種の錐体の内、どれか 1 種の錐体を持たず、 2 種の錐体だけで「色」を認識している場合です。
この場合も存在しない錐体がどれであるか、によって 1 型、 2 型、 3 型に分けられます。例えば L 錐体が存在しない場合、「 1 型二色覚」と呼びます。(二色覚者のことを従来は「色盲」と称していました。)
一色覚
また一色覚は、3 種錐体の内 2 種を持たず 1 種の錐体だけしか機能しない場合(錐体一色覚)、および、全く錐体を持たず、杆体しか機能しない場合(杆体一色覚)です。機能する視細胞が 1 種しかありませんので、「色」を認識することはできず、明暗のみの認識になります。(一色覚を従来は、「全色盲」と称していました。)
色覚異常をもつ人の色の見え方 (シミュレーション例)
色覚異常者が見ているシーンが、実際にどのような色に見えているのかは、確認がなかなか難しいのですが、これまでの様々な色覚の研究から、今日ではおおよその見え方が推定できるようになっています。
下は、色覚シミュレーションソフト≪※2≫によって、多数派(健常三色覚者)の見え方と、色覚異常者の見え方の違いをシミュレーションした結果の一例です。この例は、最も発現頻度の多い 2 型二色覚の場合です。
上述しましたように、色覚異常は多くのタイプがあり、また、視細胞の感度の差異の程度によって、その見え方は様々ですので、このシミュレーションはあくまでも一例としてご理解下さい。三色覚の色覚異常(従来の表現では「色弱」)の場合は、健常三色覚者の錐体特性に近いもの(軽度の「色弱」)から、二色覚に近いもの(重度の「色弱」)まで、様々なレベルが存在します。
二色覚における混同色
一色覚の場合は、「色」は認識できず、明暗のみの世界になってしまいますが、二色覚の場合は「色」は見えています。しかし、特定の色の組合せについては色の区別ができません。この、「区別できない色の組合せ」のことを「混同色」といいます。
1 型二色覚の場合
L 錐体を持たないことから、xy 色度図≪※3≫で「混同色線」と呼ばれる直線上にある色同士の区別がつきません。混同色線は混同色中心と呼ばれる 1 点で交わります。図では混同色線を 3 本例示していますが、実際には、混同色中心を通る全ての直線が混同色線として存在します。
ある 1 本の混同色線上の色に対する錐体応答量は、S 錐体、M 錐体の応答量は変化せず、L 錐体の応答量だけが変化するのですが、その L 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつかない訳です。
2 型二色覚の場合
M 錐体を持たないので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、S 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、M 錐体の応答量だけが変化するのですが、その M 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
3 型二色覚の場合
S 錐体を持ちませんので、混同色線は下図のようになります。同一混同色線上の錐体応答量は、M 錐体、L 錐体の応答量は変化せず、S 錐体の応答量だけが変化するのですが、その S 錐体が機能しないため、この線上の色の区別がつきません。
まとめ
以上の説明から、「物体色の三要素」の内、「視覚」によっても認識される「色」が変わることが、より具体的にお分かりいただけたのではないかと思います。先天色覚異常は、伴性劣勢遺伝によるため、男性に多く現れ、女性の場合は遺伝子を持って(保因者)いても、表に現れることは稀です≪※4≫。この人たちにとっては、色の組合せ方によっては非常に見づらいことになってしまいますので、必要とする情報がうまく伝わらない、といった問題も出てきます。色々な色覚タイプの特性を考慮することによって、色覚異常者にもわかりやすい色使い(カラーユニバーサルデザイン)が求められています。
今回は、ヒューマンビジョン(人間の視覚)特有の話になりましたが、マシンビジョンの視点から見れば、これはカメラの感度特性の違いに対応していると言ってもよいでしょう。カメラのメーカーや機種が異なれば、撮像素子の分光感度も異なる場合が多くあります。また、同じ機種であっても、複数台のカメラを比較すれば微妙に感度特性がばらついていることはよくあることです。撮像素子の感度特性が異なれば、同じモノを同じ光で照明して撮影しても撮像結果は違ってきます。つまり、器械の眼(撮像素子など)の感度特性の違いが人間の眼の視細胞(錐体)感度の個人差に対応すると考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
注釈
≪※1≫ 色覚関連用語について
人間の色覚特性にはバラツキがあり、中には色の見え方が多くの人とかなり様相の異なる人たちが存在します。この人たちのことを、従来は、「色盲」、「色弱」、と表現していました。特に、「色盲」という用語は、その漢字の意味から、「色が見えない」と誤解されることも多く、さらに深刻な社会的差別(進学、就職、結婚など)に繋がることも多々あり、用語として不適切である、との指摘がなされてきました。
「色盲」、「色弱」の代わりに、「色覚障害」、「色覚ハンディキャップ」、などの用語が使われることもありますが、本連載での色覚関連用語は 2007 年に日本眼科学会で規定された用語(http://jams.med.or.jp/dic/colorvision.html参照)に基くことにします。(ただし、従来使用されてきた上記用語も、関係がわかるように参考的に使用する部分もあります。)
≪※2≫ 色覚シミュレーションソフト
本例は、東洋インキ株式会社製の色覚シミュレーションソフト( UDing シミュレーター)によるものです。
≪※3≫ xy 色度図
人間の色覚特性に基いて加法混色の理論から構築された表色系(CIE XYZ 表色系)における色の座標表示で、国際照明委員会( CIE )で規定されたものです。測色標準観測者が認識する全ての色の色相と彩度に相当する色情報が、この「馬蹄形」の領域に( x , y )の座標数値で表示されます。(なお明度については Y 値で表わされます。)
≪※4≫ 先天色覚異常者の数
先天色覚異常の人はどの位いるのでしょうか?これらの色覚異常者は、自分からそのことを表に出さないことが多いものですから、あまり目立ちません。しかし、実際には身の周りに意外に多くの色覚異常者が存在しています。
人間の性を決める染色体は性染色体と呼ばれ、 X と Y の 2 つの型の染色体の組み合わせで性が決定されます。男性は XY 、女性は XX の構成になります。
先天色覚異常の遺伝因子は X 染色体に乗ってきますが、伴性劣性遺伝の性質をもっています。
男性は X が 1ヶ しかありませんので、色覚異常の遺伝因子を持っていれば必ず発症します。
女性の場合は X が 2ヶ ありますので、どちらかの X が因子を持っていても、別の X が因子を持っていなければ表に出ることはなく(保因者)、 2ヶ の X が両方共因子を持っているときのみ表に出てきますので、男性に比べて非常に稀です。
色覚異常の発生頻度は人種によって異なりますが、総じて言えば全世界で 2 億人程度いると言われており、これは AB 型の血液型の人数と同程度と考えられます。
日本人の場合、程度はともかくとして、色覚異常者は男性で約 5 % 、女性で約 0.2 % と言われていますので、日本全体で 320 万人程度いることになり、これは静岡県の全人口にほぼ匹敵します。最近の小学校では 1 学級 30 ~ 40 人前後ということですので、統計的には各学級に 1 人程度は居ることになります。