コラム

光と色の話

色のトリック(対比効果編)

色のトリック(日常生活編)では、色知覚効果の内の順応現象(暗順応、明順応、色順応)についてお話しました。
今回は、私たちが日常無意識の内に体験しているお馴染みの色知覚効果である
「色対比現象」・・・複数種の色の差異が強調される・・・についてお話します。



色の対比現象の分類

色の対比現象には大きく分けて、同時(的)対比と継時(的)対比があります。同時(的)対比は、空間的に相隣接して配置された複数の色を同時に見る場合に起こる現象で、色の心理的三属性のそれぞれに対して対比現象が現れます(明度対比、彩度対比、色相対比)。 継時(的)対比は、見ていた色が他の色に瞬間的に切り替わったような場合に、前に見ていた色が後に見る色の見え方に影響を及ぼす対比現象です。


対比現象の分類

同時(的)対比

対比現象の説明でよく使用される右下のようなパターンでは、中央に配された色(これを「図色」と呼ぶことがあります)の見え方が背景色(これを「地色」と呼ぶことがあります)によってどんな影響を受けるかに着目します。


明度対比

明度対比
右図のような配色パターンの場合、図色は左右とも物理的には全く同じ灰色なのですが、背景色の明度の違いによって、肉眼での図色の認識は、(背景が暗い)左側は明るく、(背景が明るい)右側は暗く見えます。

アニメーションを操作して背景色を取り除いてみるとその差異(対比の効果)が明瞭にわかります。

明度対比の例としてもう一つ。明度のグラデーションをもつ背景上を灰色のパターンを移動させてみましょう(下左図)。移動パターンの物理的明度は固定なのですが、パターンの移動に従って肉眼では信じられないほど変化して見えます。

このデモンストレーションをすると、パソコンで何か細工しているのではないかと疑われることがあるのですが、決して細工している訳ではありません。下右図で確認していただくと分かりますように、順次シフトしていくパターンは全く同明度ですので境界は区別できず、左端と右端の明度は同一であることが確認できますが、背景の明度グラデーションに対応して明度対比効果が劇的に変化していることが分かります。

明度対比明度対比


彩度対比

以上は明度対比の典型例として、色の心理的三属性の内、明度の要素のみを持つ無彩色(灰色)で説明しましたが、明度対比は有彩色においても起こります。
例えば地色(背景色)の色相を青で明度を順次変えたものを見ていただければ、背景が灰色の場合と同様に明度対比が観察されると思います。背景の明度を順次変えた配色から分かりますように、図色と地色の明度「差」が大きいほど対比の効果が大きく現れ、明度「差」が小さければ対比効果はあまり認められません。

明度対比

彩度対比
上記の明度対比の場合と同様なパターンで、彩度対比について見てみましょう。中央の図色は物理的には左右全く同じですが、背景色の彩度は左側が高く、右側が低くなっています。背景色の彩度の違いによって、肉眼での図色の見え方は、(背景の彩度が高い)左側はややくすんで見え、(背景の彩度が低い)右側はやや鮮やかに見えます。彩度対比の場合も、(明度対比の場合と同様に)彩度「差」が大きいほど対比効果が顕著に現れます。

色相対比
図色の橙色に対して、背景色を赤色にした場合(左側)と黄色にした場合(右側)を比べて下さい。左側はやや黄色っぽく、右側はやや赤っぽく見え、図色と背景色の色相差が反発強調されたような見え方をしています。

この現象は色相環によって説明すると分かり易いかと思います。マンセル色相環の中心を挟んで互いに反対側に配置された色は、概ね心理補色(「混色」の註釈≪※2≫参照)の関係にあります。

明度対比

今、左側の地色(背景色)が赤の場合を考えますと、赤の心理補色(青緑)が図色(橙色)に重なって見えることになり、その結果、図色の色相(橙色)が地色(赤)の心理補色方向に「反発」シフトして見えるということになります。図色(橙色)が反発シフトする方向には黄色が配されていますので、その結果黄味がった橙色に見えるということになります。

一方、右側の地色(背景色)が黄色の場合、色相環上で黄色の心理補色は青紫ですから、図色(橙色)に黄色の心理補色の青紫が重なって見えることになり、図色(橙色)は黄の心理補色方向に反発シフトして見えることになります。色相環の反発方向には赤がありますから、赤味がかった橙色に見えることになる訳です。
つまり、色相対比は、図色の色相が背景色の(心理)補色方向に反発シフトして見える現象であると言えます。色相対比は、二色の彩度が高いほど顕著に現れます。

補色対比
特殊な場合として、補色対比が挙げられます。色相環の中心を挟んで互いに対向する色同士は概ね心理補色の関係にあります。これらの2色を隣接させると、互いの彩度がより高く(鮮やかに)なったように見えます。補色同士の組み合わせは、元々色相間の関係が最も遠い関係ですから、色相関係が反発することにはならず、彩度の反発に転化する結果になっていると解釈できます。


明度対比


同時(的)対比効果の現れ方

上記の対比現象の分類説明は、色の心理的三属性の内の一つの属性のみを変えて、その対比効果を抽出して説明しました。また、複数の色が互いに境を接して配色された場合について説明しました。
しかし実際の場合は、異なる明度、異なる彩度、異なる色相の組み合わせが一般的で、三属性それぞれに応じた対比が同時に起こります。
また色の配置は必ずしも互いに隣接しているとは限りません。色の配置に対する対比効果の起こり方は二色の間の距離関係に強く依存しています。

縁辺対比

右図のように、よく似た色が離れて配置されている時は、若干色が異なる感じを受けても、それほど色の差があるという印象は受けません。しかしこれらの色が寄り合って境を接すると、明確に色の違いが強調され、一本の境界線が引かれたように認識されます。人間の眼は対比効果のおかげで、隣接した位置関係にある色の違いには非常に敏感に作用するという特性があるんですね。

同時(的)対比効果の現れ方

このように境を接した色同士の境界線付近で起こる顕著な同時的対比を縁辺対比と呼ぶことがあります。 同時色対比は、二色の距離が境を接しているときに最大であり、距離が離れると急速に減少します。二色の領域間が中断されると(明瞭な境界線があると)対比効果は著しく妨害されます。

縁辺対比

右図は、多数の矩形エリアが境を接して明度が段階的に順番に変化していく配色になっています。単一の矩形エリア内の明度は物理的には均一(一定)なのですが、実際には左端の明度が右端の明度よりも高く(明度に傾斜があるように)見えます。
アニメーション動画によって、各矩形エリアの幅を変化させて見るとよく解りますが、矩形間にスキマができた途端に対比効果が急激に減少するのが分かります。≪※1≫≪※2≫



継時(的)対比

継時(的)対比

例えば、右図のような色のついた矩形部分を暫くじっと凝視した状態で、矩形部分をパッと消すと、消した直後の若干の時間、ぼんやりと元の色の(心理)補色の残像が見え、やがてすぐ何も無かったように背景色(白)一色になります。一瞬見える補色はそんなに鮮やかに見えるわけではなく、ぼんやりと淡い色として認識されます。矩形が赤の場合は淡い薄い青緑色、緑色の場合は淡いピンク色、青の場合は淡い黄色(クリーム色)が見えると思います。これらは継時対比として認識されるもので、補色残像とも言われます。


継時(的)対比

緑色を背景として中央に赤が配されている場合の継時対比はどのように見えるでしょうか。赤の矩形エリアを(数十秒)凝視している状態で赤をパッと消して一面緑色にした瞬間、矩形のあった領域の背景色(緑)が一段鮮やかに浮き上がって見えたと思います。(やがて一面均一な緑色に戻ります。)
これは、時間的に前の色(赤)が後の色(緑)の見え方に影響を与える継時対比の典型的な一例です。

「色のトリック(日常生活編)」でもお話しましたように、人間の感覚器官の感度は、(その本人は意識しない中で)外界からの物理的刺激変化による感覚変化を緩和しようと生理的に応答する特性を持っています。

赤を凝視するということは、赤のエリアが結像している網膜部分では、(赤の分光分布に従って)L 錐体が物理的に強く刺激され、M 錐体、S 錐体はあまり刺激を受けていません。この状態を続けると、強い刺激を受けている L 錐体は刺激感覚を弱めようと生理的に順応し、感度を低く(鈍く)変化させ、一方、受ける刺激が弱い M 錐体と S 錐体の感度は、鋭敏な状態になります。この状態で中央部の色を赤から緑に切り替えると、緑の分光分布に従って、M 錐体への物理刺激が強くなり、L 錐体への物理刺激は弱くなります。(S 錐体への物理刺激は弱いままです。)従って、赤→緑の切り替え直後の L 錐体の感覚応答量は極めて小さくなり、M 錐体の感覚応答量は急に大きくなります。(S 錐体の受ける感覚応答量は殆ど変わりません。)

その結果、外周部の結像部の各錐体の感覚応答量と比較すると、中央部エリアの M 錐体の感覚応答量は大きくなると同時に、L 錐体の感覚応答量は小さくなり、物理的刺激量は同等であるにもかかわらず、感覚的には中央部がより鮮やかな緑になったように見えることになります。色の切り替え後、一定の時間(数秒)が経過すれば、L 錐体、M 錐体の感度は自動的に切替後の色(緑)に順応するため全域均一な緑色に見えることになります。≪※3≫≪※4≫



≪※1≫ ハーマングリッド現象

縁辺対比果の有名な例としてハーマングリッド現象が知られています。これは下図のような黒地に縦横の白線帯を入れたパターンです。これを漠然と眺めると、白線帯の交差点の部分が直線部分よりぼんやりとやや暗い目に見えます。これは二色(黒と白)の距離の差による対比効果の大きさの違いに起因するものです。白線帯中央部では、黒パターン部からの距離が短いのに対して、交差点の中央部分は黒パターンからの距離が長い為、急速に対比効果が薄らいでおり、結果的に直線部分に対して明度が「相対的に」低く感じられることが原因です。

ハーマングリッド現象
≪※2≫ 額縁の役割

私たちの身の回りには、以上のような色対比現象が好むと好まざるに関わらず様々な形で表れてきます。日常生活の中でも、視界に広がる様々な色情報に対して、この対比現象を積極的に利用したり、あるいは、対比現象を抑制したりして、その色情報の目的に応じた適切な見え方にすることができます。その一例として額縁があります。絵画や写真などの作品を展示する場合、作品が傷ついたり、汚れたりしないようにするため、多くの場合は額縁に入れて展示しますが、色彩という観点からは額縁にはまた別に重要な役割があると考えます。

絵画や写真などの作品を額縁に入れずにそのまま展示した場合、展示壁面の色と直接境を接することになり、壁面の色によっては、作品の色自体に対比の悪影響が出てくる場合も発生してきます。右上図のアニメーションでは、背景の色を極端に変化させてみました。対比の影響によって作品の印象が大きく変化するのがわかります。作品と背景の境界部分に対比緩衝地帯を設けてやることによって、背景色による対比が大幅に抑制されていることがわかると思います。実際の場合の壁面の色は、デモンストレーションほど極端なことは稀ですが、額縁はまさにこの対比抑制のために重要な役割を果たせるのではないでしょうか。そういう意味からも作品と直接境を接する額縁自身の色は、無彩色ないしは低彩度色でかつ中明度の対比を起こしにくい色(灰色や薄黄〜薄茶色系統の色)が望ましいと言えるでしょう。

≪※3≫ 外科医の手術衣の色

お医者様が通常診察などの時には真っ白な作業衣を着用しているのが一般的ですが、外科医が手術する際には、薄い青緑色の手術衣を着用することが多いですね。これは、継時対比を和らげるための工夫なのです。手術作業時は、当然、手術箇所を真剣に凝視しながらの作業が多くなります。患部には真っ赤な出血を伴っていることが殆どですので、手術作業の合間にちょっと視線を振って白衣や白壁を見たたような場合、血液の赤の心理補色(青緑)が残像としてチラついて集中力が妨げられたり、疲労感を覚えたりすることになります。手術室内の手術衣や壁、什器備品等を血液の心理補色である青緑色にしておくことによって、視線を振った時の補色残像を目立たなくすることができ、手術に集中することができる訳です。なお、患者側としては、周囲環境が沈静色であることによって心理的に落ち着いて手術を受けられるという点もあるようです。

≪※4≫ 日の丸!!

黒バックの青緑色の円のパターンで、青緑色の円とバックの黒を同時に消す(白色に切り替える)と、どう見えるでしょうか。
青緑色の心理補色は(淡い)ピンク〜赤系統の色、黒の心理補色は白ですので、2色を同時に消すと、継時対比(補色残像)の効果で一時的にうっすらと日の丸が見えますね。