マンセル表色系は、人間の色の知覚の最も基本的な特性である色の心理的三属性(色相、明度、彩度)に基いており、直観的に非常に分り易く、また表示方法も簡単で運用も手軽であるという大きな長所があり、世界中で広く使用されています。ただ、前回にも述べましたように、マンセル表色系などの色票系は、物体色だけが対象で光源色には使用できないこと、準備できる色票の種類数には限界があり、細かい色の差を問題にするような場合には精度的に粗いこと、色票の観察条件に今ひとつ曖昧さが残ること≪※1≫、などの短所もあって、色票系が適用できる場面は或る範囲に限定されてしまいます。
色票系(マンセル表色系など)のこれらの短所をカバーし、学界や産業界を中心に世界的に広く使用されているのが CIE 表色系です。CIE 表色系は、色票系とは異なって、光源色にも物体色にも適用できます。光源色が主対象となるLED照明においてもこの CIE 表色系が盛んに使われます。ただ、色票系のように直感的に分り易いとはいささか言いにくいところもあって、残念ながら取っ付きにくいという感じを持たれる方も多いようです。
CIE 表色系には、RGB 表色系、XYZ 表色系、L*a*b* 表色系、L*u*v* 表色系、・・・・等々多くの種類がありますが、ここでは先ず、運用上の最も基本となる表色系である XYZ 表色系をお話します。≪※2≫
CIE 表色系は、人間が色を認識する仕組みを科学的に研究した結果に基いて組み立てられた表色系です。
物体色の場合は光源からの光が物体に当って反射(透過)した光が眼に入射して、網膜上の視細胞(錐体)を刺激した結果として、また光源色の場合は、光源からの光が(物体の介在無しに)直接眼に入射して網膜上の視細胞(錐体)を刺激した結果として、脳で色が認識されることになります。
従って、眼に入射する光によって L 、M 、S の3種の錐体それぞれが受ける刺激の強さを記述できれば、光源色であっても物体色であっても、色を表すことが可能になる訳です。
今ここでこの理屈を詳しく説明すると、説明が複雑になってしまい、XYZ 表色系の全体像を掴むにはかなり回りくどいことになってしまいますので、表色の基本原理の説明は後回しにして、まずはこの XYZ 表色系の見方の概略からお話することにします。
CIE 表色系は、色を数学的に座標で表示します。 横軸と縦軸で示される直交座標平面の、俗に言う「馬蹄形」の領域内に色を付けた右のような図を見たことがある人もいるでしょう。 これを色度図と言っています。
この平面の座標位置を指定すれば、その座標点に対応する色が一義的に決まるという表示システムで、世の中に存在する全ての色をこの「馬蹄形」の中の座標と明るさを表す数値( Y )の3つの数値で表示することができます。色を数値( Y )で指定する訳ですから、表色として意味のある範囲で、表示有効桁を増やせばそれだけ“数学的”には細かく色を表示することが可能です。通常は、有効数字3桁程度で使用する場合が多く、色票系の表示方法に対して格段に細かく表示できます。
この色度図を見てわかりますように、馬蹄形の中央部の少し下側の=(0.333 , 0.333) 近辺が、無彩色(白〜灰〜黒・・・右上図は灰色の場合)になっています。この無彩色エリアを中心として円周方向に色相が順次変化して配列されているのがわかります。右端の赤から反時計周りに黄赤、黄、黄緑、緑、青緑、青、青紫、紫、赤紫と変化して行き、元の赤の位置に戻ってきます。
外周の曲線部分をスペクトル軌跡(または単色光軌跡)と言い、虹の色の配列順序になっています。また、馬蹄形外周の下の斜めの直線部分は、純紫軌跡と言い、曲線のスペクトル軌跡の両端に位置する赤と紫を加法混色した色の色度点が混色比率に応じて軌跡を形成したものです。
=(0.333 , 0.333) を中心とする無彩色エリアから外周方向に放射状に遠ざかるほど、彩度が高くなっていきます。最外周のスペクトル軌跡(単色光軌跡)および順紫軌跡上に、その色相の内で最高彩度の色が配置されています。
XYZ 表色系において、物体色の明度に対応する表示は、視感反射(透過)率 Y で表します。
≪※3≫
ある1枚の色度図上の色は、全て同一の視感反射率 Y 値、つまり同じ明るさの色で構成されています。
色度図は、下図のように無彩色エリアが白く描かれている場合が多いのですが、これは、視感反射率 Y 値が大きい(明るい)場合です。Y の値が小さく(暗く)なるにつれて、色度図全体が暗くなっていきます。つまり、色度図は、実際には 視感反射率 Y 値(明るさ)毎の多層構造になっているということができます。このような構造になっていることから、XYZ 表色系を表色系と呼ぶこともあります。
なお、前回(第28回)の註釈≪※5≫で示しましたように、マンセル明度 V は視感反射率 Y に対して対数関係にあります。
今、眼に入射する光の分光分布を P ( λ ) 、物体の分光反射(透過)率≪※3≫を ρ ( λ ) と書けば、両者の積 P ( λ ) ・ρ ( λ ) という分光分布特性を持った光が眼に入射してくることになります。これが、視細胞(L 、M 、S 錐体)を刺激し、それらの刺激量の比で脳が色を認識する訳です。これら錐体の波長感度特性(分光応答度特性)を基本特性として、或る数学的処理を施したものが等色関数と言われるものです。≪※4≫
ここでは詳しい説明は省きますが、これら3種の等色関数の特性は、以下のような意味をもって定義されていることが、右上図の等色関数のグラフからも大体おわかりいただけると思います。
は L 錐体(可視域長波長帯に主たる感度をもつ)の特性が主成分、
は M 錐体(可視域中波長帯に主たる感度をもつ)の特性が主成分、
は S 錐体(可視域短長波長に主たる感度をもつ)の特性が主成分
となって定義された特性になっています。
眼に入射してきた P ( λ ) ・ρ ( λ ) という分光分布特性を持った光が網膜上にある L 、M 、S の3種の錐体に刺激を与えるのですが、それらの刺激値をそれぞれ X、Y、Z と表せば、
と書くことができます。ただし Km は最大視感効果度と呼ばれる定数です。
( Km = 683 [ lm / W ] )
ここで、Y の値は上記で説明しましたように、物体色の場合には視感反射(透過)率の値となります。≪※5≫
なお、光源色の場合には、ρ ( λ ) ≡1 と考えれば上式は物体色、光源色のいずれであっても共通に適用できることになります。
これらの錐体刺激情報が脳に送られて、その刺激値の比で脳が色を認識していることになります。この脳の認識に対応するものとして定義されたものが、上に述べてきた色度値ということになります。
つまり、は、L 錐体が受ける刺激を主成分とする刺激値( X )に対する全錐体が受ける刺激総量
( X +Y +Z )の比、は、M 錐体が受ける刺激を主成分とする刺激値( Y )に対する全錐体が受ける刺激総量( X +Y +Z )の比、
という意味です。S 錐体に対しても同様に、S 錐体が受ける刺激を主成分とする刺激値( Z )に対する全錐体が受ける刺激総量( X + Y + Z )の比として
が定義できますが、これらの3式からわかりますように、どんな場合でも必ずとなります。 つまり、との値が決まればより自動的にの値は決まりますので、については表記しなくてよいということになります。≪※6≫
色度図全体と上述の XYZ 表色系の色相配置の説明と照らし合わせていただくとわかりますように、の値が大きいほど赤味が強くなっているということは、 X の値が大きい、すなわち(長波長域に主感度がある) L 錐体が最も強い刺激を受けているために赤味が強くなっている、という意味を持っています。
同様に、の値が大きいほど緑味が強いということは、 Y の値が大きい、すなわち(中波長域に主感度がある) M 錐体が最も強い刺激を受けているために緑味が強くなっている、という意味を持っています。
また更に、の値が大きい、ということは、 Z の値が大きい、すなわち(短波長域に主感度がある) S 錐体が最も強い刺激を受けているために青味が強くなっている、という意味を持っているのですが、これは別の言い方をすれば、の値が小さいということですので、色度図上では馬蹄形の左下部近辺に青味の強い色が配置されている、という意味を持っています。
一方、ととがほぼ同じ値をとる場合は、L 、M 、S の3種の錐体が同程度の刺激を受けている、ということで、無彩色を表すことになります。この時、 ≒ ≒ ≒ 0.333 ですから、色度図の=(0.333 , 0.333) の近傍が無彩色の領域となります。
物体の色はそれを照明する光源の特性に依存して変化します。
上の説明に沿って説明すれば、光源の分光分布 P ( λ ) が異なれば同じ物体部分であっても当然眼に入射する光の分光特性 P ( λ ) ・ρ ( λ ) も変化しますので、その結果3つの刺激値 X、Y、Z が変化し、色度座標も変化します。このことは、どんな照明光源であっても、その照明条件下での色度データを求めることができる、というこの色表示システムの柔軟性を示しています。
しかし、その一方で、物体色を客観的に表示したい場合には、その物体を照明する光源の特性を規定しなければならず、その条件が異なっていれば、適切に相互の比較ができないということになります。
そこで、全世界の共通規格として、物体色を評価・表示するための代表的な照明光源の特性が CIE (国際照明委員会)によって規定されています。これが『標準イルミナント』と呼ばれる光で、人類が太古より慣れ親しんできた最も“自然な光”を代表するものとして、以下の2種が決められています。いずれも、可視域全体に亘ってエネルギー成分が連続的に途切れることなく分布する「連続スペクトル」となっています。
1) 標準イルミナントD65
昼間の晴天の太陽光(昼光)の測定結果を元に、 “日中の自然な白色光” を代表するものとして決められたもので、波長毎の相対エネルギー比は数値で決められています。
(相関色温度 TCP=6504 K ≪※7≫)
また、可視域だけでなく、蛍光性試料を評価する場合に関係する紫外域のエネルギー成分についても規定されています。≪※8≫
2) 標準イルミナントA
夜間の光源として身近な蝋燭や焚火、また、人工光源である白熱電球などの熱放射型光源を代表するものとして決められたもので、色温度2856 K ≪※7≫の黒体から放射される光です。
右の分光分布グラフから解りますように、長波長成分を多く含むため、赤味を帯びて見えます。
標準イルミナントは、分光分布特性 P ( λ )が数値で細かく定義されていますので、物体の色を表示するためには、試料物体の分光反射(透過)率 ρ ( λ ) を測定すれば、これも同様に数値で定義されている 等色関数 を用いて、計算でその試料の色度値を算出することができます。
試料色と色票を比較して物体色を測定する場合の観察条件については、照明光源の分光分布、試料色・色票を照明する方向、観察する方向、試料色・色票の面積(視角の大きさ)、試料色・色票面の照度レベル、観察者の色覚、等々、様々な条件が決められてはいます(JIS Z 8723:2000)が、CIE 表色系での観察(測定)条件ほど厳密な取り決めにはなっていません。更に、現実に運用されている試料と色票の観察実態は、これらの観察条件についてあまり強く意識されていないことも多く、評価結果の再現性に疑問が付きまとう場合も無い訳ではありません。
“CIE”とは国際照明委員会(・・・・フランス語)の略称で、光や色に関しての国際的な規格・標準を検討・作成する団体です。この団体によって検討・採択された一連の表色系群を CIE 表色系と呼んでいます。一口で CIE 表色系と言っても、色々な種類があります。この中で表色の理論的基本原理をなすものが RGB 表色系というものですが、実際の運用に際しては取り扱いにくい問題を色々と孕んでいるという事情から、(これを数学的に座標変換した) XYZ 表色系というものが運用面の最も基本の表色系となっています。また、この XYZ 表色系についても複数種の色の間の色差を問題にする場合には(非均等色差空間であることによる)本質的問題があるため、XYZ 表色系を元に、数学的に座標変換されたL*a*b*表色系やL*u*v*表色系など、各種の表色系に展開されています。
また、反射(透過)率という概念は、物体色のみに成り立つもので、光源色にはその概念は適用できません。光源色の場合、刺激値 Y は、照度値(単位: lx )あるいは輝度値(単位: cd / m2 )で表記します。
等色関数の大雑把な意味は本文中で説明しましたように、視細胞の3種の錐体(L 、M 、S )の分光応答度特性が主成分になってそれぞれが定義されています。例えば、 の特性は、M 錐体の特性が骨格となってそれに L 錐体と S 錐体の特性が加味されてできあがっています。この具体的内容とその意味合いは、CIE 表色系の最も基本の原理をなす RGB 表色系の説明に遡らなければならないのですが、ここでは詳しい説明は省略します。RGB 表色系からXYZ 表色系への展開については、次回に具体的にお話しする予定にしています。
なお、は一見不自然な二山形状の特性になっていますが、これは、実在の三原色 R、G、B による RGB 表色系から、虚色の三原色 X、Y、Z による XYZ 表色系への数学的座標変換に起因するものです。
本文中では説明を省略しましたが、実際には、等色関数の ( λ ) は、標準分光視感効率 V ( λ ) と全く同じ特性関数として定義されています。“明るさ”が一次元の心理物理量であるのに対して、色は心理的三属性(色相、明度、彩度)としてよく知られているように、3次元の心理物理量です。このことからも解りますように、歴史的には先ず肉眼の明るさに対する感覚の研究が行われ、それを追いかける形で色の研究が進展しました。色の心理的三属性の内の“明度”は即ち“明るさ”のことですから、色彩の評価・表示システムを構築する中で、その時点で既に確立されていた標準分光視感効率 V ( λ ) を色彩評価・表示システムの中に組み込んだという訳です。
上述のように、XYZ 表色系では、いかなる色であっても(色度図上の馬蹄形内のどの位置にある色度点であっても)必ず=1が成り立ちます。これを代数幾何学的に見れば、
軸、軸、軸からなる3次元直交座標空間において、各軸の目盛1を切片とする平面の方程式を示しています。つまり、色度図は、実際には3次元的に広がるこの平面上に存在するということになります。
しかし、私達は頭の中で3次元空間を思い浮かべるということは不得手で、直感的になかなか分かりにくいということになってしまいます。そこでこの3次元平面上に存在する色度図を平面に投影してやれば、2次元の図として頭の中でも考えやすくなりますので、専らこの2次元平面図を色度図として運用している訳です。
色温度や相関色温度は、いわゆる白色光と呼ばれる光源の「色味」を表す指標で、単位は K (ケルビン)で表示されます。(相関)色温度が高い光は青味を帯びて見え、(相関)色温度が低い光は赤味を帯びて見えます。これについては後日詳しい説明を予定しています。
私たちの身の回りには、蛍光ペンや蛍光衣料など、蛍光物質を含むものがありますが、普通の物体の色とは少し異なった半ば光源に近いような見え方をしていますね。これは蛍光物質に或る波長の光(励起光といいます)が照射されると、その光よりも長波長寄りの光が蛍光となって放出されるというものです。この蛍光の波長とその強度によってその物体の色は影響を受けます。従って、蛍光を含む物体の色を評価する場合は、励起光となる可能性のある波長範囲、すなわち近紫外域まで含めた照明光の特性規定が必要になる訳です。